満足度★★★★★
鑑賞日2013/02/25 (月)
戦慄の低視聴率を記録しながらも、(こちとらも含めた)ごく少数のファンに熱烈支持された、大河ドラマ『平清盛』ご出演の加藤虎ノ介さん。
映画『パッチギ! LOVE&PEACE』よりも、個人的にはNHK朝ドラで馴染み深い、中村ゆりさん。
このお二人が主演なされた3時間弱の大作『国語の時間』。日本の統治下にあった戦前のソウル。本来、異国の言語である日本語を「国語」として教えることとなった、当地の教師達を中心としたドラマ…歴史的知識としては承知していた事柄を、(芝居とはいえ)耳目で体感したことは、実に有意義なことでした。脚本家の思いのこもった熱い舞台、観せて頂いたこと、詩森ろばさんに心から感謝いたします。
でぇ、最後に余計な妄想をばっ!
終戦後、もし私たちの「国語」が英語にされたら、私たちは一体…案外、サラッと日本語、捨てちゃったのかなぁ?
満足度★★★
愚直に真面目
風琴工房ははじめてでしたが、こんなに真面目な作品だとは・・・。
悪い意味での真面目では無くて、なんというか、こちらが見てて痛くなるくらいまっすぐというか、ちゃんと向き合っているなーと。
いろいろなことを考えさせられる作品ではあります。
満足度★★★★★
深く萎えつつ考えさせられる
テーマがテーマだけに、観る前から構えてしまったし、この件に関しては言いたい事もあるし、やっぱり日本人が日本で演じているだけに「加害者」の自己満の謝意で好い気なもんだ感が無いとは言えずノイズになりましたし、感想を書くのに色々フィルターは掛かりましたが、あえてそこは触れずに、純粋に芝居として面白かったです。
ミステリー要素を織り込み「彼の正体は?と、落書き事件の真犯人は?」が伏線の引っ張りとなり、上記のノイズに惑わされることなく興味が持続しました。
満足度★★★
観終わって複雑
風琴工房20周年記念舞台は、昨年の「記憶、或いは辺境」に続き、戦前から終戦直後を舞台にした話。
日本の統治下にあった京城(現ソウル)の朝鮮小学校で日本語教育を行っている。その時はそれが当たり前だったから。
それを観客に見せつけるかの様に、舞台の板張りの床にも朱色の円が浮かんで見える。
時代に放浪された所為、とは出来ないが、教える事と伝える事の両立の難しさ、国が主導して教育や人を作る事の複雑さは、現代にも似通っている様にも思える。
久しぶりに舞台で見た加藤虎ノ介さん、貫禄ついて(太った、とかではなく)立派になっていたなー。
休憩込みの約3時間。
満足度★★★
高ぶらず
劇場もセットも照明も衣装も役者もきれいすぎ。きれいすぎるとうそ臭くなる。ましてや時代が時代なのだから。ほめている方もいるがわたしは言葉と会話の仕方に終始違和感を覚えており役者くらいすべて韓国人にすべきと思った。(役者がダメと言ってるわけではなく役者が韓国人なら私が覚えた違和感も和らいだだろうということ。)「観たい」で今年前半のベスト3に入るのだろうと書いたがあえなく圏外。
………
おはようございます。今朝も〔観たい〕はおやすみさせていただいて、早速、昨夜出会ったこの舞台から…『国語の時間』。最後列左端から拝見しました………たしかに。この舞台、終幕でしばらく…拍手ができずにいました。いまも、投稿タイトルをつけるところからどんづまっています。強いていえば、tabikujiraさんと同じ『評価することができない。』…となります。出演されている方々、作家さん、演出家さん、いずれも日本人でいらっしゃいますよね。この舞台、歴史そのものではないでしょうか。わたしたち日本人に、描ききれるのでしょうか…そう思ってしまいました。日本には、戦時中、支配してきた歴史があります。この舞台は、支配されてきたひとびとを描いています。世代は異なっても、いまのくらしのなかで、日常意識していなくても、私自身もその業を背負っているのだろうし、海をこえたところからは、そうみられているのでしょう。だからどうだといわれても、ただとまどうばかりで…。私も、『この事実は「わかった」、「わかったような気がする」などということは出来ない。』(あえてなぞらせていただきました)…とおもいます。たちすがたのちからとか、作・演の質とか、美術や音響・映像・照明の技術とか、そんなことはみるひとがみればいわずもがななので、ふれる必要もないと思います。ただ、この舞台、日本人が描いて、彼の地のひとびとにもつたわるのでしょうか。おなじく業を背負うさだめにあるひとりとして、…疑問におもいました。……ただそれだけでした……
満足度★★★★★
創り手の志を感じる
大日本帝国が、かつて朝鮮の人々に日本語を「国語」として強いたという事実、
それがどういうことなのかを、想像力の欠如した私たちにがつんと見せてくれる。
美しい舞台美術が忘れられない。
市井の人々の人生に寄り添うような、作家の共感と切なさが溢れる舞台だった。
評価することが出来ない。
民族、国家、権力、支配、ナショナリズムなど、いろいろなことが頭をけけめぐった。
「日本語」ではなく「国語」。
この事実は軽々しく「わかった」、「わかったような気がする」などということは出来ない。
現在も、「支配」されている人たちが、世界中にいる。
「人」とはなんと愚かな生き物なのであろう。
満足度★★★★
やがて哀しき…
時代に翻弄された市井の民の頑迷、愚鈍、悲哀といったところでしょうか。
美術は思わず「おっ!」って感じだね。
松田洋治はオーバーアクトかな。
中村ゆりは何度か観てるけど、今回が一番美しかった。
満足度★★★
重たい荷物を渡されたような
いろんな思いがグルグルとエンドレスで渦巻いている。
国とか個人の思いとか言葉とか親子とか・・・。
お気楽に生きている身には、問題提起が手に余る。
満足度★★★★
国語の時間
舞台は終戦前のソウルの日本語学校。「差別前提の植民地政策で30年経てば、発語を禁じられた言語は消滅する」ことをリアルだと思えた。つらいし苦しい。小劇場劇団規模で上演されたことをありがたいと思う歴史劇。震災と原発事故で引き裂かれた今と重ねざるを得ない。上演時間は休憩10分込みで3時間弱。