ネズミ狩り 公演情報 劇団チャリT企画「ネズミ狩り」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    ネズミの足音。そして「駆除せよ」と声がする。
    このテーマに挑戦し、かつ、そこにきちんと笑いを盛り込んだという技量とセンスに脱帽する。
    役者もいい。

    ネタバレBOX

    こうした重いテーマにかわらず、笑いを交えきちんと見せていくというセンスは素晴らしいと思う。前半も、物語が重たくなり出す後半においても、うまい配分で笑いを交えながら、物語は進行する。
    そこに市井の人々の視線が入っているから、笑いが嫌みになってこない。
    その視線とは、私たちの視線であり、私の視線である。

    事件とは、当事者でない限り、どこまでも他人事な大変な出来事であり、言わば「ワイドショー」的なネタでもある。
    もちろん、犯罪被害者やその家族のことを思い胸を痛めたりすることも、当然あるのだが、やはり自分のことではなく、無責任なまま、ギャグにして笑ったりしてしまう。

    その市井の視線を、いかにも町にいそうな人々を登場させ、その人を見ることで、観客は自分たちの立ち位置を意識してしまうのだ。
    「ああ、あそこで笑っているのは私だ」「あそこで、噂を面白そうに垂れ流しているのは私だ」と。

    だから、そばで関係者がどういう想いでその会話を聞いているのかが、わかってしまう、この舞台を観ることは、第三者の視線になって、自分のことを見ていることになる。
    しかし、そういう姿を反省せよ、ということがこの舞台の目的ではない。

    天井にいるはずの「ネズミ」の姿に、不安を感じ、さらに嫌悪し、駆除しようとする心は誰にでもある。
    ネズミは、そうした心の象徴であり、ネズミの足音は、実態のない、街中の噂や風評やマスコミの垂れ流す情報という名のゴシップなのだ。
    それに踊らされ「駆除せよ」と自らを煽ってしまう。

    姉と妹が対立する形で語られるテーマについては、裁判の結果としての決着を一応みる。そして、姉には新たな命が授かり、妹は電車に乗れるようになったという、未来が見えるようなラストで終わる。
    しかし、そこで交わされていた論議が終わったわけではない。
    判決が死刑ということであれば、そのことにまた向き合う日もくるであろう。さらに、ひとたび別の事件のことをニュースなどで見聞きするときには、彼女たちも、やはり劇中に登場する噂好きのおばちゃんと何ら変わりないのかもしれない。
    誰が作って煽ったかわからない「世論」に駆り立てられ、無責任なことを言ってしまうのかもしれない。私たち観客と同じに。

    ネズミは天井裏にはいないはずのに、足音だけがまた響く。自分の目で確かめることはしない。つまり、音だけで判断し、それだけでいるはずのないネズミを駆除せよと言う。
    それは、季節は、夏から冬になっているのだが、セミの声が鳴り響く、夏の、あの、姉妹が言い争った時間に舞い戻っているのと同じということなのだ。

    この「ネズミがいる気配」というものは、現在行われている裁判員制度にも大きくかかわることではないだろうか。すなわち、世論というネズミの足音が騒がしくなれば、裁判員はそれに右往左往されることになっていくのだ。

    これから誰もが裁判員になって、「人を裁く」、ときには「死刑を下す」ことがあるであろう。ゆえにその「気配」に対する心構えが、誰にとっても必要ではないのか。
    つまり、「きちんと自分の目で見、耳で聞き、判断せよ」「そうした自覚を持て」ということなのだ。

    舞台では姉と妹の両者側の立場について、きちんと描かれる。それはどちらが正しいとか間違いであるとかではない。
    感情と理性(倫理)と、という2軸でもない。
    姉とその父の生き方、妹の過去などがうまくバックボーンになっているので、その対立も自然に感じる。そこの設定と導入はうまい。
    弟とそのバンド仲間の設定も、下手をすると、単に笑わせるだけのキャラクターになりそうなところを、きちんと締めていて、しっくりとはまる。
    とにかくキャラクターの設定が各々うまい。すぐそばにいそうな人々をちょっとだけデフォルメして描いている。それを演じる役者たちがまた素晴らしくいいのだ。

    姉役・南ナツキを演じたザンヨウコさんの、腰の据わった貫禄とも言える演技は、舞台全体をきちんと締めていた。パートの土屋を演じた松本寛子さんは、本当にうまい。ナツキに対する愛情のある接し方と、物語の進行とともに浮かび上がる不安を、いかにもいそうなおばさん(失礼・笑)として見事に演じていた。
    富永を演じた山内奈々さんの、おばちゃんぷりはさらに凄い。もう怖いモノなしで突っ走る。ややデフォルメされたキャラクターを難なくこなす。とても味がある。
    トモゾウを演じた高見靖二さんの、きれいなキレ方のうまさ、ハジメの鬱々とした様子(ワカナとのデートでのそれが少し緩む感じも含め)が印象に残る。
    また、ハルアキとサトルは少々卑怯な設定(笑)ではあるが、出しゃばりすぎず、いい立ち位置をキープしていたと思う。

    2パターンのキャストで公演は行われているのだが、Bキャストの出来がこれだけのレベルであるとすると、Aキャストのほうは? と興味がわく。しかし、日程的にもう無理なので、残念。

    この日のアフタートークは、社民党の保坂展人さん。死刑廃止を推進する議員連盟という立場からの登場した(氏は今は議員ではないが)。時間は長くなって、後半の質問コーナーでは死刑についての討論へ発展しそうだったが、時間切れとなった。その中で、印象に残ることは2つあった。
    ひとつは、死刑廃止を推進する議員連盟の現会長・亀井静香氏がなぜ死刑廃止に賛成しているかということ。彼は警察庁時代にあることで逮捕された経験があるという。そのときの取り調べで、これならばえん罪もあり得ると思ったということから、死刑に反対する立場になったと言うこと。
    もうひとつは、死刑廃止を推進する議員連盟は、かつて大所帯だったのだが、いわゆるオウム事件後、「死刑やむなし」という声が高まり大量に脱退する人が増えたということだ。

    0

    2011/03/08 08:49

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大