「ロボット演劇『働く私』」「アンドロイド演劇『さようなら』」 公演情報 TPAM・国際舞台芸術ミーティング「「ロボット演劇『働く私』」「アンドロイド演劇『さようなら』」」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

    ロボットとアンドロイドの違い
    ロボット演劇「働く私」とアンドロイド演劇「さようなら」の二本立て。
    まとめて見れるのはお得ま企画だなあと思い、TPAMに感謝して見てきました。

    アンドロイド演劇「さようなら」が15分くらい、ロボット演劇「働く私」が30分くらい。そもそもロボットとアンドロイドは何が違うかと言えば、ロボットは明らかに機械の外見で実用重視、アンドロイドはどこまで人間に似せられるかというあたり。

    で、当然内容もそれに合わせて変わっていて、アンドロイドは人間そっくりなのに機械、という存在と生命に限りある人間の交流。ロボット演劇は逆に人間に奉仕するための機械であるロボットが人間的な心の病を抱えて悩む話でした。

    ネタバレBOX

    まず最初がアンドロイド演劇だったのだが、とくにかくステージと観客の距離を感じる。
    それは物理的な距離もあるけど、何か観客の世界とはかけ離れた距離を感じました。

    アンドロイドと死期がせまる金髪の外人女性とが、イスに向かい合って語り合う。アンドロイドは女性の心理状態に適した詩を次々と喋る。
    しかしアンドロイドは人間そっくりとはいえ、それ以前にほとんど動かない。目や口元、頭や状態が少しだけ動くだ。しかも声は役者の吹き替え。
    これじゃあアンドロイドというよりマネキン人形劇だ。
    まったくアンドロイドである必要性を感じず、内容のつまらなさもあって、何でこんなものを見に来たのか、と不満しか残らなかった。

    その後、しばしインターバルがあってロボット演劇「働く私」。しかし、その前に一度舞台準備のため観客は外に出される。そして再入場となるのだが、その手際があまりにも悪くて、いつまで待ってもなかなか入れない。
    この進行の悪さは作品の印象も悪くした。

    でも、ロボット演劇は意外と面白くて、外見が人間的でない方が、「働きたくない」というロボットとしての存在意義すら脅かす根源的な問題を面白おかしく描いていた。
    そのタケオというひきこもりのロボットが生きて人間的に見えてくるのが何だか楽しかった。
    そしてそのロボットの持ち主の旦那もひきこもりで、ロボット相手にバカにしていたかと思ったら逆に論理的にやり込められたりして、ユーモアも人間性もあってロボットがとても生きているという感じだった。

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    2011/02/20 07:41

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