淵に沈む 公演情報 名取事務所「淵に沈む」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    がらんどうの素舞台、暗転すると最小限の寝台や椅子や机がその都度運び込まれる。闇の中、拘束された寝台の上、日本国憲法を暗唱する男。「基本的人権の尊重」を叫ぶ。「うるせえぞ!」「黙れ!」との声とガンガン壁を叩く音が続く中、男は日本国憲法を訴え続ける。一体、誰に?

    ここは精神病院、男(西山聖了〈きよあき〉氏)は東大法学部の学生だった20歳の時、統合失調症を発症、2003年に措置入院。一度退院するも父母への暴力行為で2005年再入院。それ以来20年ここにいる。父親が亡くなり、母親(岡本瑞恵さん)が三男である息子を退院させ共に暮らしたいと願い来院。主治医(鬼頭典子さん)はそれを喜び誠実な対応。精神保健福祉士(ソーシャルワーカー=相談援助、社会復帰支援員)の歌川貴賀志氏。看護師の今井優香里さん。看護助手の小栁喬(きょう)氏。だが精神病院の医院長である田代隆秀氏はそれを快く思わなかった。

    役者陣は凄腕ばかり。各人、見せ場あり。鬼頭典子さんのまとった優しい雰囲気の受け答え、歌川貴賀志氏の誠実な魂、今井優香里さんの眼差し。岡本瑞恵さん、小栁喬氏は存在がリアル過ぎ。西山聖了氏の望まぬ病気で失った20年の重み。やはりMVPは田代隆秀氏だろう。文句の付けようがない。

    これは救いの物語である。地獄の底で喘いでいる者達を何とか救おうと足掻く人がほんの僅かだが現実に確かにいる。何も出来ない問題に対し何とか救う手立てを考えている。治らない病気で見棄てられた人間をそれでも治癒しようとする。その姿に観客は思い知らされる。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    これは仏教、菩薩行についての物語だと思った。他者を救うことにより、自らをも救っていく考え方。兎に角出来ることだけをやろう。出来ないことをあれこれ考えても無意味だ。身の回りの自分に関わっている人間だけでもいい。自己満足の偽善だとしても構わない。苦しんでいる人間を救おう。自分自身を救おう。何故なら全ての人間は救済される為に生きている。

    自分は田代隆秀氏演ずる医院長の台詞に共感するタイプなだけに歌川貴賀志氏の純粋な精神に打たれた。利他行、もう宗教的なものすら感じる。他人がどうではなく自分がどうあるべきか。この問題は難しい。一人ひとりと向き合って対話すること。相手の話を真剣に聴いてやること。美味しいコーヒーを淹れる行為に人間社会の安らぎを託す演出。

    植松聖をモデルにした映画、『月』を観ていたので小栁喬氏が闇堕ちするのかと少し思っていた。物語の難を言えば医院長が一人の入院患者に過ぎない西山聖了氏にそこまで拘るのが妙。医院長の性格からするとどうでもいい筈。

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    2025/03/08 10:26

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