実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/02/07 (金) 18:30
― 蝦夷 ―
原始よりこの国に息づく誇り高き古の民。
彼らは立ち上がる。
まつろわぬ民と蔑み、東北を手中にせんとする大和朝廷の侵攻に。ということで、蝦夷に焦点が当たった歴史時代劇だった。
そもそも大河ドラマ等では、江戸時代だったら○○代目徳川家将軍、もしくは明治の偉人やまれに昭和のオリンピックの群像劇、あとは江戸より前だと、鎌倉幕府、足利家や織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らによる安土桃山時代。最近では、紫式部によって書かれた『源氏物語』の元ネタとなった平安時代や藤原道長、藤原不比等と紫式部たちの関係性が描かれた大河ドラマと、余り昭和、明治を描いたもの(昭和、明治を描いたものでは才能はあるかもしれないが、一般人や商才のある人物が主役となることもある)を除き、民衆というか、庶民の側、虐げられる側、少数民族アイヌなどを描いたものは、大河ドラマではない。
時代劇映画では、虐げられた者たち、大衆、被差別部落の人たち、アイヌなどを描いたものはないわけではない。
演劇ではどうかというと、忍者の郷を描いた者や桃太郎伝説に則りながら、朝敵とされて鬼にされていく過程を描き、桃太郎が利用されていく様を描いた作品などもあり、大河ドラマよりはある気がするが、純粋に事実に則った形で緻密に人間の心理描写を描き、単純な対立軸や平安時代だからといって平安貴族全員が浮世離れして、和歌を嗜んだり、庶民感覚が一切ないというような典型的に描かず、また終盤場面も判官贔屓になり過ぎてないところなど、さらに割とタブー視しているところまで切り込んでいる時代劇演劇は今回の『蒼穹』を除いて、今のところはないと感じた。
ただし今回の劇は、他の時代劇演劇や殺陣が入る劇、大河ドラマや時代劇映画と比べて、殺陣の場面は人物の心理描写や駆け引きの場面、桓武天皇の冷徹な野心や藤原家が朝廷に取り入ろうと四苦八苦する場面などは丁寧に描かれているものの、殺陣に関しては迫力とリアリティに正直言って欠けていた。
頭が良くて気が利く万能で父親である桓武天皇から信頼される弟の伊予親王と和歌などの才能はありつつ、貴族から影で馬鹿にされ、親である桓武天皇からも我が家の恥だと思われている安殿(あて)親王との確執が丁寧に描かれ、武官一つとっても、一人ひとりが全然違う性格で、さらに蝦夷に対する思いや蝦夷征伐において行う作戦も全然違って面白かった。
また、桓武天皇が武官大友弟(おと)麻呂の失言に対して激昂した際に言う自身のルーツが渡来系であることを明かしたり、天皇家が近親相姦で家系の血統を守ろうとしていること(今は違うが)を話す場面など、世の中でタブー視されるような事実をさらっと登場人物に言わせていて、かなり大胆に切り込んでいて、ヒヤヒヤしつつも、こうやって忖度せずに言えるところが、大手スポンサーが一切付かない小劇場演劇ならではだし、それぐらいの、最低限の表現の自由があってこそ演劇だと、しみじみと演劇の良さを痛感した。
陰謀渦巻、政争だらけで、隙を見ては相手を追い落として這い上がろうとする宮廷貴族たちや野心の塊の武官、冷徹な野心があり、蝦夷を同じ人とみない桓武天皇などの朝廷側に対して、それぞれの族が緩やかにまとまって一つの村を形成し、それを取りまとめているのが阿弖流為(あてるい)で、普段は呑気に楽しく唄って踊って酒飲んで暮らしている野心や政争とは無縁で、思いやりもあり、時々喧嘩もするけれど、基本的に包み隠さず言い合えて、卑怯な事は好まず、お互いを信頼していると言ったふうに蝦夷側は描かれており、その対比が一つのセットで、小細工を少し加えたり、加えなかったりと言った微々たる変化で差を表しており、演劇のなせる技だと感心した。
朝廷側だけでなく、蝦夷側、それに加えて途中から蝦夷のことをよく理解して平和的に解決しようと奔走する坂上田村麻呂など時代劇演劇だからかかなりの人物が出てきたが、一人ひとり個性や性格、考え方に至るまで違って、その違いが劇中において丁寧に描写され、蝦夷征伐における考え方の違いなどもきめ細かく、台詞一つ一つにその人物の価値観が浮き彫りになっていて、理解しやすく、俯瞰的に観ることができた。
日本政府与党(自公)が現代において、裏金問題発覚等で庶民を軽視している姿勢が目立ち、政策ごとに与党(自公)に擦り寄ったり、離反したりしようとする国民民主党のあり方が少し藤原摂関家的であり、都政や府政では、社会的弱者であるホームレス等の立ち退きやコロナ渦には夜の店や居酒屋等に都職員が立ち入り圧力をかけたり、海外ではイスラエルとパレスチナの人たちが住むガザを(先にハマスがテロ行為を仕掛けてきたとはいえ)虐殺と言っても大袈裟ではない、罪のないガザに住む民間人を大量に殺したり(まるでガザに住む民間人全てがハマスに深く関わっているとでも言うかのように)と今でも、醜い政争もあるし、社会的弱者を差別したり、人と思わず殺したりといったことが行われている現実が、昔も今も変わらないと、この劇を観て感じた。
ただし事実に基づいたこういった時代劇演劇等を観ることで、少しずつそういった偏見や差別、圧力といったことに意識的になり、少しは変わることが出来るんじゃないかと感じた。