実演鑑賞
満足度★★★★
この舞台ではドイツ倫理委員会の公開討論会という形をとって「医師による自殺幇助は認められるのか?」を議論する。討論会が開かれるきっかけは78才のゲルトナー氏(以下G氏)が妻を無くしてから生きているのが苦痛であり、薬物による自死を希望すると訴えたことにある。G氏は精神的にも肉体的にも健康であるという診断がなされており、二人の息子と幾度となくこのことについて話し合ってきて、彼の中では確固たる結論が出ているという。
ドイツ憲法の現在の解釈では自己決定権は不可侵であり何人も自死を阻止することはできない。今でも首を吊る、高層ビルから飛び降りる、電車に飛び込むなどの手段はあるが失敗したときは悲惨であるし、後者二つは他人への迷惑が半端でない。苦痛なく完全な死を迎えるためにはバルビタール薬剤が一般的である。しかしそれを誰でも入手できる状態にできるはずはなく、その入手と使用そして完全な目的達成には今のところ医師の介在が避けられない。自死は自由であったとしてもその安全確実な手段を憲法は提供してくれないのである。
現在でも不治の難病で日々肉体的な痛みに苦しめられている人の自殺を医師が幇助することはすでに合法である。しかしながらG氏のような健康な人については合意はできていない。そしてここでの検討対象には78才の老人だけでなく、人生に絶望した若者なども含まれていることを忘れてはいけない。またG氏は自殺幇助が合法ないくつかの国、たとえばスイスに行って目的を達成することができるが、自国で行うことを絶対的に希望している。
この問題に関して専門家が参考人として呼ばれている。法学者、医師会副会長、カトリックの司教の3人である。これらの方々に質問し討論するのはドイツ倫理委員会委員の医師とG氏の代理人である弁護士のビーグラー氏(以下B氏)の二人である。B氏はG氏の意を受けて、医師による自殺幇助を認めることに有利な発言を引き出そうとして、法廷のような戦術を使い、しばしば司会の倫理委員長から注意を受ける。
この「観てきた!」では議論を再現することはしない。大きな論点は網羅されている。基本は近代合理主義とキリスト教的人生観のせめぎ合いである。前者は我々もなじんできたところであるが、後者については天国に至る門は狭いというあちらの教えを、念仏を唱えていれば極楽浄土に行けるというこちらの思想から理解することは難しいと実感する。
気になったのは硬直的でヒステリックな医師会副会長の人物設定である。原文を当たってみると「司祭以外の役は性別を問わない」とあって、原文でフルネームが設定されていても変更して構わないことになっている。したがって医師会副会長が女性であることは演出家の意図である。もっとも全参考人の質疑応答が終わった後で一人だけ退席することは原文にもあったので基本的には原作通りではある。
同じ作者による「TERROR テロ」が2018年に橋爪功主演で公演されている。作者は弁護士で自身をモデルにした(と思われる)ビーグラー弁護士が活躍し、最後は観客による投票という形式は両作で共通している。そして10月にこの「神」も同氏主演で行われるお知らせが今回のチラシ束に入っていた。配役を見ると全員が男性である。おそらく男性というより中性的な扱いとし議論の純粋化を狙ったのだろう。
今回の投票では「医師による自殺幇助を認める」ことに賛成の人29名、反対の人42名であった。