親の顔が見たい 公演情報 diamond-Z「親の顔が見たい」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    考えさせる濃密な会話劇。見応えあり。
    無くならない苛め問題、それを当事者である生徒ではなく、その親の責任を問うような物語。
    (上演時間1時間30分 途中休憩なし)

    ネタバレBOX

    舞台美術は、中央にテーブルとパイプ椅子。下手に出入り口の木製ドアと電話。中央壁に「聖母子の絵画」と校訓「真理友愛」が掲げられている。その壁が薄汚れており年代=伝統を思わせる。シンプルなセットだが、内容は濃密だ。ドアを開けると外の雑音が聞こえ、この部屋とは別世界のよう。その意味では、集まった保護者は誰も途中で出入りしないことから、密室劇(保護者という責任から逃れられない)の様相でもある。

    梗概…都内の私立女子中学校、校内の会議室に5組の父母(もしくは祖父母)が集められる。苛めを苦に自殺した生徒の手紙(遺書と思われる)に5人の級友の名前が書かれており、その生徒たちの親が集められた。年齢や生活環境、職業が異なる親たちは、それぞれ自分の子どもは無関係とばかりに擁護することに終始する。いつの間にか親同士が激しく対立し怒鳴り声が高まる中、各家庭の事情や親娘関係が明らかになっていく。

    苛めは、暴行を加え、金を要求し、足りなければ援助交際まで強要する悪質さ。これは<虐め>を超えた犯罪であろう。公演では、学校の事実確認・調査に対して、父母等は自分の子供に限ってという言動。一方 学校側の曖昧な態度が事態をさらに混沌とさせる。

    この戯曲が書かれた何年か前に、北海道で小学生の女生徒がいじめを苦に自殺した事件があったのを思い出した。当初、学校だったか教育委員会だったか忘れたが、苛めはなかったと結論付けた。しかし、遺族によって遺書が公開され一転して謝罪することになった。その後「遺書」ではなく「手紙」という説明まで飛び出した。
    この隠蔽体質、適当に誤魔化す対応が、苛めに対して断固たる対処できない一因ではないだろうか。さらに今日的にはブログやSNS等、責任の所在を曖昧にする巧妙なネット苛めが増えているのは周知のこと。

    また、学校での苛めを通して様々な問題提起をしている。父母と娘のコミュニケーションの希薄さ、名門学校という枠組みに潜む差別・格差。山の手以外、例えば下町や近隣県からの通学生への蔑視、家庭の経済的な貧富、片親や職業への偏見、帰国子女への悪意ーそれは社会全体に蔓延る縮図そのもの。公演はそれらに対する警鐘ではなかろうか。

    1人の母親 柴田純子がスリッパに係る素朴な疑問を発する。なぜ来客はスリッパで、教師は上履きなのだろうか。何気ない台詞の中にリアリティを持ち込む。父母の中に教員夫婦 長谷部亮平・多恵子がおり、説明によれば男性教師は生徒を追いかけ、女性教師は生徒から逃げるためだという。
    やはり何年か前、男子生徒が女性教師から何かの理由で注意され、それが原因で女性教師が刺殺された事件を思い出した。それだけに一層リアリティを感じた。

    公演では、苛めた生徒は登場しない。しかし担任教師 戸田菜月から、生徒達の様子は普段と変わらず平静だと言う。その生徒達はLINEで連絡を取り合い知らぬ存ぜぬを決め込む様子。苛めのターゲットがいなくなれば、別の生徒を…そんな怖さを抱かせる。一方、戸田は自殺した井上道子へ心肺蘇生法を施しており、そのショックは計り知れない。精神的な動揺、その落ち着かない様子を 呈茶で紛らわす。実に丁寧な心理描写だ。

    「親の顔が見たい」…このタイトルは、自殺した生徒がバイトしていた新聞配達店の店長 遠藤亨の告発から来ている。親の顔も見たいが、心裏も確認したいところ。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2024/05/18 12:33

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