犬と独裁者 公演情報 劇団印象-indian elephant-「犬と独裁者」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    本当にこの作家は天才だと思う。このレベルの新作を毎回書き下ろしていたら本来はもっと評価されないとおかしい。こういう作品こそ新国立劇場で掛けるべきだろう。
    劇団名は「印象」と書いて「印度の象」の意味だったりする。

    ロシア帝国キエフ(現ウクライナのキーウ)出身の作家ミハイル・ブルガーコフは1891年に生まれる。1917年3月、ロシア革命(二月革命)によりロシア帝国は崩壊。臨時政府と労働者・兵士の代表機関「ソビエト(評議会)」の二重政権状態に。1917年11月、「ソビエト」内の派閥「ボリシェヴィキ(多数派)」を率いたウラジーミル・レーニンが武装蜂起。臨時政府を打倒し新政府「ソビエト」を樹立(十月革命)。1918年からロシア内戦が本格化。ソビエト軍(赤軍)とそれに反旗を翻した白軍(はくぐん)=白衛軍。(反革命軍と呼ばれたが、彼等が反対したのはレーニンが権力奪取した十月革命に対して)。1922年に赤軍が勝利。1924年レーニンが病死。その後を継いだヨシフ・スターリンは自身の権力を絶対的なものにする為、人類史上最大級の虐殺を行なった。スターリン政権時代の犠牲者は約30年間で死者2000万人とも4000万人とも言われる。(虐殺者数トップは中国の毛沢東、ヒトラーは3位)。遠藤ミチロウは自身のバンドに世界で最も憎まれた男の名前を冠した。

    この激動の時代をスターリンと同時期に生きたミハイル・ブルガーコフ。医師から作家へと転身、劇作家としても多くの戯曲を残した。白軍に従軍した経験をもとに書いた処女長編『白衛軍』など。作風は社会風刺、体制批判、ソビエト連邦への痛烈な皮肉。かつての下層階級の屑が支配階級になって慌てふためくドタバタを笑った。勿論、発禁と上演禁止で追い詰められ、どんどん生計を立てられなくなっていく。

    物語は追い詰められたブルガーコフにスターリンの評伝劇の依頼が。かつてスターリンはブルガーコフのファンであり、『トゥルビン家の日々』や『ゾーイカのアパート』を15回観たとも言われる。特別に上演禁止から守ったとさえも。
    憎むべき独裁者を讃美する作品の依頼に葛藤するブルガーコフと、その周辺の芸術家達。

    こう聞くと敷居が高く難解そうな芸術作品だと身構えるだろう。だが全くのエンターテインメント。何でこんな話をメチャクチャ面白く味あわせられるのか?そこが才能、何か手塚治虫っぽさを感じる。登場人物一人ひとりのキャラが立っていて、それぞれの立ち位置と目的を観客に手早く理解させてくれる。スターリンだのソ連だの全く興味無くても存分に楽しめるように作られている。(勿論、知っていたら更に楽しめる)。才能とはここのセンスの違いなんだろう。本当に凄い。

    この作品では三つの物語が奏でられる。第一は前妻と妻がブルガーコフという天才に愛されることを願う話。彼の作品に関われることへの無上の喜び。第二はブルガーコフが自分が本当は何を描きたいのか自身の無意識の中にダイヴしてそれを探す話。第三はグルジア(現ジョージア)の田舎者、ソソの話。彼はロシア語が苦手でロシア人から犬のように扱われる貧しい青年。

    こういう作品を新作として味わえる幸福。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    6年前に別れた前妻、リュボフィ・ベロゼルスカヤ役は金井由妃さん。彼女のキャラの面白さが観客をぐっと掴み、初期黒澤明映画の常連女優・中北千枝子を思わせる。
    現在の奥さん、エレーナ・ブルガーコフ役は佐乃美千子さん。阿川佐和子や香川京子を彷彿とさせるスラリとした美人。綺麗な人だった。個人的MVP。
    天才作家ミハイル・ブルガーコフ役は玉置祐也氏。どんどん太田光に見えてくる。
    舞台美術家の友人、ウラジーミル・ドミートリエフ役は二條正士氏。加瀬亮を美形にした感じ。
    モスクワ芸術座の女優、ワルワーラ・マルコワ役は矢代朝子さん。松島トモ子を思わせる強い目力。
    謎の幻覚の男、ソソ役は武田知久氏。若き柄本明と嶋田久作を足したような異形さ。彼が無学で愛らしい野良犬から、手に負えない悪夢のような巨大な化け物に変貌する様が今作の肝。戸棚から飛び出すシーンは興奮した。クローネンバーグのような日常から非日常が転がり出すシーンが巧い。

    会場は蒸し暑く、そのせいか居眠り客も多かった。具材を無理矢理鍋に詰め込み過ぎて、後半は生煮えの料理になってしまったようにも。
    もっと女性視点の話をメインにするべきだったとも思う。本筋とは一見関係ない女達の話の方が興味深かった。

    『ファウスト』のように想像力の限界に悩むブルガーコフをメフィストフェレス(代表作『巨匠とマルガリータ』を使うならヴォランド)が案内するスタイルも有り得た。時を遡りグルジアの貧しき詩人、ソソに乗り移ったブルガーコフ。赤いインクの代わりに人間の血を使い、紙の上ではなく世界に詩を刻んでいく。“鉄の男”と一体化し世界に向かって高らかに謳い上げる、己の鉄の意志を。そして自分が為したことにハッと我に返り現実に目が覚める。スターリンの昂揚とブルガーコフが一体化する必要があったと思う。その上での否定。

    ラストのスターリンとブルガーコフの対峙はカッコ良かった。失明したブルガーコフは「俺はこの暗闇をインクに詩を綴ってやる!」と宣言。殺戮の赤い詩を暗闇で呑み込んでやる、と。

    ちなみにブルガーコフの代表作、『巨匠とマルガリータ』はローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』の元ネタと言われている。

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    2023/07/28 12:44

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