八月のモンスター 公演情報 甲斐ファクトリー「八月のモンスター」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

     板上は三方壁を黒幕で蔽い、上手のみ袖になるよう途中に短い黒幕を挟む。出捌けは下手と上手袖奥及び手前。これら黒幕の内側に扉が衝立状に立てられている。下手から色は青、中央奥が黒、そして上手が赤い扉であり、上手・下手の扉は観客が見やすいようにカタカナのハの字のように置かれている。これらの扉に囲まれた空間が基本的な演技エリアである。ここにはパイプ椅子が数脚、そのレイアウトは場面によって異なる。(衝撃的ラストに連なる部分は終演後に追記する、あと1公演あるからにゃ。お勧め、観るベシ。追記10月3日4時4分)

    ネタバレBOX


     さて、物語は伝説の講師・田中による5日間の合宿更生プログラムの日々を描く。参加者は5名。アルコール依存症2名、極度の緊張症で発作状態を起こすと呼吸困難に陥る者1名、セックス依存症1名、自己表出し得ない者1名。何れも既にあちこちのセミナーに参加して自己克服を図ったが失敗しこのセミナーが最期のチャンスと参加した者ばかり。
     講師の田中は、大手でコンサルタントとしてならしその著書もベストセラーとになる程の名カウンセラーであったが、講義を受けた女性の1人が飛び降り自殺をしたことでマスコミから総攻撃を受け、妻はそれを気に病んで脳梗塞を起こして病死、娘・美久は学校で陰湿極まる苛めを受け踏切で列車に撥ねられ15mも飛ばされて亡くなった。警察は自殺と断じたが、美久の書いた遺書が亡くなる1カ月も前に書かれたものであったこと、亡くなる前には誕生日に贈った万年筆の黒インクが切れ空色のインクを使っていたことから父は自殺を疑った。そして娘の亡くなった踏切前で目撃者探しを始め、遂に証言してくれる人に会い様子を聴いた。その目撃者の証言によると美久は自殺ではなく、踏切で動けなくなっていた人を助けたのだという。その時娘は何かを叫んだが列車の通過する轟音で声は聴き取れなかったということであった。父は鉄道会社に頼み込んでその事故時の撮影記録を見せて貰い、助けられた人物を探していた。そして・・・終に見付けたのだ、娘が救った方を。父はその人のことを調べに調べた。住居、務め先、仕事内容等々、そして今回久しぶりに返り咲いたカウンセラーのセミナー受講生の中にその人は居た。女性であった。彼女はその生い立ちで深いトラウマを負っていた。小学生の時から長距離トラックの運転手をしていた実父によってレイプされていたのだ。気付いた母が抗議すると父は母にも暴力を揮った。当然嫌がる娘に対しても暴力的であった。それは眠気を堪える為にシャブを使っていたこととも関係するだろう。彼女が中学生になっても父によるレイプは続いていた。嫌がる娘に父はシャブを局所に塗り付けセックスするようになっていた。彼女はシャブの影響をもろに受け父にセックスをせがむようになっていた。母は家を出てしまった。このような地獄を経て彼女は自己を肯定することが出来なくなってしまったのである。想像できると思うが、死より辛く苦しい生がある。今作で中心となったのは、美久に救われた九条その人だが彼女はその後偽名を用いビル清掃の仕事に就いていた。父は美久が助けた人を観察する中で、その彼女の誰にも気付かれることなく黙々と働く姿も観て居た。二人の出会いは天啓でもあろうか。かつてカリスマとして鳴らした父・ユージは、ニーチェの超人思想を理想化し神無き後の世界で人間が人間らしく在る為に社会的弱者は己の弱点をその個人史的経緯と共に完璧に自覚し対峙することによって乗り越えることを目指していた。然し乍ら、最愛の妻も娘も失い、自分自身の根拠にしてきた価値観も失って初めて、人間の裸形に出会った。そして理解したのであった。自分も九条と全く変わらない頼りなく弱い存在であると。そして未完成で苦しい生をそのまま事実として受け入れ生きてゆくことこそが、生きる要諦であると認めるに至った。
     蛇足乍ら最期に脚本の白眉と思われる箇所を挙げておこう。九条が鉄路に蹲っていたその時、美久に助けられ「生きて!」と励まされた時、死の覚悟の央に「天使を見た」と思った感覚は、このように生き乍らの死を覆す状況を描く最も優れた文学的一行と言えよう。



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    2022/10/01 23:22

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