Silent Scenes 公演情報 ゼロコ「Silent Scenes」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    マイムがベースのパフォーマンスだけに無言だが「無音」ではなく、BGM、効果音、生声でも唸りやシーッ(BESILENTの意)など賑やかだ。二人組が大道芸よろしく登場し、客いじり(拍手の要求)から徐々に「見せる」無言劇仕立てのエピソード集へ。
    マイム出身(恐らく)の二人が演劇的表現に魅せられ、あるいは開拓の地平を見出したのだとしたら納得。技術を披露するパフォーマンスから、人が出会う風景を表現する「演劇」に踏み込んでいる。そのための技量が開拓されている、と見える。ただしマイム=形を作る技術の上に演劇を構築する作業は伝統芸能でも余程な事ではある。何が言いたいかと言えば、「芝居」として見る限り、気になる隙間がある。無言の表現として「ここまでやった」芸は披露され拍手は起きたが、「演劇」に踏み込んだ以上「演劇」を見たくなる。ここで言う演劇とは、別役実の言うそれに近い。
    神は細部に宿る。人間の存在はどのように切り取ろうとも切り取られた「実(じつ)」が放つリアルの魅力がある。演劇を観たいのはそのリアルとの接点を観たいからで、折角おかしな人間の様が描写されるならそこに人間のディテイルが欲しい。目、口、鼻と輪郭を描けば人だと分かるが、もっと陰影が欲しくなるのだ。

    ネタバレBOX

    例えば図書室のシーン。
    一人がテーブルの一角で読書し、時々笑いを漏らしている。当然、そこへもう一人が登場。演劇ならば、その男が「なぜ先客の隣席に座ったか」は重要だ。ただ目についた席に着いた、のか、空いてる席がなかったので仕方なく隣席に座ったのか、席の面子を吟味して選んだのか、いつも座ってる席だからか・・。その如何によって、隣に座られた男の方も反応、視線が変わって来るだろう。
    また、音を立てた時に気遣う相手は誰か。普通の解釈なら向かいの席に人はいるだろうから、向かいに視線を向け、少し会釈する位はあるだろう。もっと大きい音なら周囲が気にしていないか、窺うだろう。
    やがて隣人が「面白そうに読んでいる本」が気になり出し、覗き見をしようとするあたりから「笑」の展開となる。が、そもそも沢山の本を持ってテーブルの一角を占拠したのに、他人の本が気になるという現象が何から起きたのか、例えば資格試験の勉強でもしようとしたが、身が入らず他の事が気が行ってしまう、あたりが妥当だろうが、それならそのように見えたい。そこから本をミットに見立ててのキャッチボールは、シュールなマイムの世界となる。実際に二人が図書館で「マイム遊び」をやったのかキャッチボールをやったかは不問で、観客はボールがミットに収まる音が実に似ているので面白くて笑う。だが演劇的には、リアルベースのやり取りの延長に、全く周囲の人を気にしない二人だけのマイムの狂騒曲へ展開しても全然いい。むしろ前段が演劇的であれば、そこからの「逸脱」の瞬間がはっきり判るだろう。私はそこで笑いたい。メンソーレ演劇的快楽の世界へ。
    舞台は95分、飽きずに見られたのは技術の賜物には違いないが。

    0

    2021/06/21 03:27

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大