「獣の時間」「少年Bが住む家」 公演情報 名取事務所「「獣の時間」「少年Bが住む家」」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2020/10/30 (金) 14:00

    「少年Bが住む家」
    冒頭から肩の力が抜ける暇もなく、ぐいぐい引っ張られていく。
    正体不明の不気味な緊張感、登場人物がかかえる不安が
    無駄の無い台詞と全身で表現する役者陣によって繰り広げられる。
    ラスト観ている私がぼろぼろ泣いたのは、ほっとしたのと
    この先が心配なのが混じって、胸が痛くなったからだ。

    ネタバレBOX

    手前に土間がある韓国式らしい家の造り。
    小さな自動車修理工場を営む夫婦と20歳の息子が住んでいるが
    言葉少ないやり取りは、妙な緊張感でピリピリしている。
    息子への態度を巡って、夫婦は一々衝突する。

    そこへ近所に引っ越して来たのでと、一人の女性が訪ねて来る。
    無遠慮に入り込んで自分が主宰する「親子セミナー」に誘ったり
    数年前にこの町で起こった中学生殺人事件の噂話を怒涛のように喋って帰るが
    実はこの家の息子デファンこそが、その同級生を殺した犯人だった…。

    小さな町で、公然の秘密を、身を固くして抱え込んでいるような家族。
    父親は引きこもる息子に自動車修理の仕事を覚えさせようとし、
    母親は理解できない息子を怖れ、息を詰めて今日が過ぎるのを待つ。
    家を出ている長女は、母を気遣いつつもこの状態を打破したいと思っている。

    周囲は加害者家族に対して容赦なく、無責任に思い出すたび指さして蒸し返す。
    新しい隣人は親子問題の専門家を気取っているが
    実はただの“ワイドショー好きな世間”の代表として描かれている。

    少年Bという、デファンにしか見えない存在が効果的。
    あの日の彼自身を超えていくことでしか、デファンは先へ進めない。
    その暗く辛い葛藤が、7年も続くことの恐怖は計り知れず
    14歳の少年がひとりで背負えるものとは思えない。
    助けを求めようにもその方法さえ知らないデファン、
    周囲もまた助ける方法を知らないという、状況の痛々しさ。

    論理的だが情の薄い人間に見えた保護観察官が
    雪の中で懸命に車の故障を直してくれたデファンに対し
    温かな態度を見せた辺りから、状況は少しずつ動き始める。

    外へ出て仕事をしたデファンの変化は目ざましく、希望の兆しが見えて来る。
    誰かに信じてもらわなければ、人は立ち直れないし変われない。
    デファンの場合はまず父親が彼を信じて仕事を教えた。
    仕事して感謝されて、デファンは初めて自分に出来ることを見つける。
    それは被害者家族への謝罪だった。

    これから起こることが容易でないことは誰の目にも明らかだが
    同時にデファンの表情が別人のように力強いことに安堵する。
    びくびくと背中を丸めてろくに返事もしなかった冒頭のデファンはもういない。

    絞り込んだ台詞に、悶々とする気持ちを込める役者陣が素晴らしい。
    いつか爆発するのではないかとハラハラさせながら、
    静かに変容を遂げるデファンの、ふつふつとした思いを肩や背中で表現する
    堅山隼太(堅の字の下部が「立」)さんが秀逸。

    デファンを見送った後、長女と母親は二人で柿を食べる。
    この前まで渋くて食べられなかった柿が、今日は甘くなっている。
    この家族に、普通の暮らし、普通の心理状態が戻ることが本当に嬉しい。


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    2020/10/31 00:49

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