満足度★★★★
好きが嵩じてここまでやってくれれば、見物は恐れ入って拝見するしかない。
不条理劇大好きのケラが、散文不条理の本山カフカを素材にした集大成版。3時間35分の大作である。大劇場で、ナイロン以外のスター俳優も多く配した公演だ。
現代、カフカの第四の長編原稿が発見された、という発想だけで面白そうだと気をひかれるが、その原稿の行方をめぐる現代の追跡劇、書かれた時のカフカの周辺とその最後,さらに書かれた作品の中身と、およそ三つの物語が錯綜する。舞台では、五人編成のバンドが様々な形で現れ演奏し、ケラの舞台としては珍しい20人の出演者が、小野寺修二の振り付けでモブシーンを展開する。幕開きのシーンなど手が込んでいるが一糸乱れなく息をのむ美しさだ。マッピングを多用した舞台美術もいいセンスだ。
カフカというと、抽象性に頼って、簡素な取り組みでも舞台にしてきたが、これは官能性にあふれたケラならではのカフカである。
ケラとしては、あまり慣れていない大劇場の広さを意識した振り付けやマッピングのスタッフの起用が成功して、ナイロンとは一味違う舞台になった。
異論を上げれば、やはり、カフカの世界に若い女性の主人公というのはなじみにくい。
多部未華子は熱演だが、カフカの人物としては、いい悪いは別として浮いてしまう。相手役の瀬戸康史も同じような感じだ。そこへ行くと大倉孝二と渡辺いっけいはうまいものだ。ここでずいぶん全体が見やすくなった。麻美れいの贅沢な使い方。本人は役不足と思ったかもしれないが、ちゃんと締めの役を果たしている。ナイロン公演でもまた別の味のある面白い芝居になったであろうが(ほとんどすべての役でナイロンの配役が浮かぶ)、ここは観客お得の料金で横浜の大劇場の一夜を楽しませてもらった。だが、東京の客はつらいよ。これなら夜は6時開演でもいいのじゃないか。
いつも、パンフレットに凝るケラだが、今回は普通のブック・スタイル。おやと思って思わず買ってしまったが、これが日本の出版界では珍しいアンカット装本。紙にも活字にも例の通り凝りまくっている。読みでも十分。