満足度★★★★
いろいろな面白い見方が出来る異色の公演だ。十年前に亡くなった関西の小劇場作家・大竹野正典の1988年の作品は、当時の風俗を背景にした不条理劇のような趣だ。
まず、脚本。内容は大規模団地に住む孤独な中年男の家族や隣人たちとの距離感・違和感から、現代生活の中の生きづらさを、描いている。タッチは、別役実のような不条理劇のスタイルなのだが、描かれた世界が団地生活のピアノ騒音とか、ごみだしをはじめとする団地の生活とか、児童の生物飼育とか、当時の団地サラリーマンの定型的家庭生活などで世話物風なところがユニークである。主人公の孤独は最後には大きなカタストロフを迎えるが、子供が弾くピアノ曲をうまく使って、情感に抑え、(そこは演出の工夫かもしれないが)何か、現代劇古典のような風格すらある懐かしい味わいである。
演出はここの所話題作の多い詩森ろば。ロシアアヴァンギャルドどのような斜めに交錯した団地のドアの前に、室内の食堂の机とアップライトのピアノ。団地の窓を模様風にあしらった三個の箱をうまく使って抽象的な展開の物語を流れのいい芝居にまとめた。トーンを統一しにくい戯曲なのだが、そこをテンポよく処理して飽きさせない。ラストにつながる、箱を親子で受け渡しながら舞台を一周し、屋上のミニチュアの給水塔からクラゲを取り出すシーン、ここで個人の中に秘めた「夜」が見えてくる。演出の冴えで、うまい。
俳優。役者がハマって生き生きと演じてくれると小劇場は楽しい。この劇場は百人足らずの小劇場だが、その二つ上の四百人クラスの劇場でもよく見かけるベテランの俳優に、新進の俳優が噛ませてあって、制作のキャスティングのうまさもあるが俳優の地力もよく発揮された。皆いいのだが、特に、と言えは、町田マリーの団地妻、塩野谷正幸の子供(秀逸)、有薗芳樹の男女二役、若い方では、主演の山田百次は少し力み過ぎたが、最近目立つ異議田夏葉、ご苦労さんはピアノ演奏の西沢香夏、みな役にはまって個性的だが、息をそろえなければならない台詞や動きも見事に揃う。そういう細かさが行き届いているところが見ていて気持ちがいい。
今となっては昭和回顧のような内容の芝居なのだが、それを現代の生きづらさにも通じるところまで引き出して、いま楽しめる舞台にしたのはこのプロダクションの総合力だろう。すっきり見られ、切なくもあるいい舞台であった。1時間40分。