満足度★★★
亡きいずみたくの劇団の新作ミュージカル。公演時間は2時間25分(休憩15分含む)。岡田嘉子の生涯を、舞台上方にスクリーンが時々降りてきて映像も使い、弁士も使って、手際よく見せていく。最初の実らぬ恋から、夫になる俳優・竹内良一との駆け落ち、既婚の演出家杉本良吉とのW不倫、ふたりの樺太のソ連国境の越境。杉本と出会う前の前半は、杉本側の出来事も挟んでいく。自分の感情を抑えられない岡田、インテリ臭い杉本と、主演の二人がよく雰囲気を出していた。
多くの波乱があるが、一番たっぷり描いているのは越境である。「ソビエト・夢の国」「さようなら、日本」という歌もある。当時の左翼演劇人にとってソ連への憧れは強かっただろう。しかし、その実態はスターリンの恐怖政治だった。そのギャップをもちろん作者も演者もよくわかっている。しかし、舞台上ではふたりの恋と越境はあくまでも美しく描かれる。そこのズレが最後まで気になった。セリフも歌詞も美しく、暗い事実をロマンチックに描けるということを考えさせられた。「事実と真実は違う」とはこのことではないだろうが。
ただ「闇の始まりはいつも光の中 誰だ欺瞞を求めるのは 本当のことが怖いのか」という2幕冒頭の歌の歌詞は、そのズレをしっかりと見つめていて、印象に残った。戦争に向かう時代に、人々が反対しなかったことについて「平和を望みながら何も手を下さない 平和を愛しながらそれは心の中だけ」という歌も、今の日本人に突き刺さると思う。
主演の水野貴以はもちろんだが、脇を固める関谷春子(夫・竹内の妹で、岡田嘉子の付き人役)、大川永(杉本の妻役、Wキャスト)の歌のうまさが光った。いずみたく作詞作曲の「星空のロマンス」と、エンディングのバラード「悔いなき命を」はいい歌だった。また聞きたい。
客席は長いファンが多そうだ。岡田嘉子が俳優の夫といっしょにつくった人気劇団のダンス場面(道頓堀行進曲)はにぎやかでのりがよく、手拍子で客席も参加すればもっと盛り上がったと思う。