マンザナ、わが町 公演情報 こまつ座「マンザナ、わが町」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    数年前に評判をとった演目が早くも再演。3時間。さすが井上ひさし戯曲、がっつり芝居が詰まってる。戦中カリフォルニアでの日系人強制収容を題材にした音曲披露もたっぷりある劇で、収容所内の5人部屋の内部が舞台。所内で演劇班が作られ、上演台本も指定されている。日本人が住む新たな町(その収容所の事だろうか?)マンザナ建設を称揚するという内容。冒頭は演出担当の土井と浪曲師熊谷によるユーモラスで簡潔な状況説明の会話。残りのメンバーは?芝居の中身は?なぜ私達が?浪曲師に歌手、女優そして、奇術師?何のために・・掴みは十二分。かなり高いテンション(知りたい事と現状との距離=糸がピンと貼られた状態の事)が、冒頭からある。
    役者の奮闘、そして終盤になって自分らを取り巻く世界状況、日本人とは何かについての視野を得ていく人物たち。見事な戯曲。

    ネタバレBOX

    初演に寄せられた評の数々から期待されたものと、今回の舞台は微妙なズレがあった。
    テーマ性を強く持つと同時に芝居としての高揚を書き込む井上戯曲の舞台には、芝居心に訴える出来の良さがそのまま、戯曲にあるテーマ性を批評家に雄弁に語らせる要素がある。それは恐らく、自然に、必然に生起した物語であるかのように「見える」事の重要さを示す。現代劇の武器は「必然」と見做し得る事として仮想の事実を提示できることでもある。
    批評家は興奮と共にその「必然」から導かれる問題性について語るが、その興奮は同時に観客も受け取っている訳で、良い事なわけである。
    先程言いかけた「ズレ」について。
    芝居の出来がもたらした、批評家の筆に漏れ出てくる高揚感の度合いと、今回のはいささか釣り合わないという感触である(微妙な所だが)。恐らく初演は「絶品」であった。今回、見直してみるとキャストが一名異なっていた。風貌も違うが、歌唱の質も違いそうに思った。初演の役者は写真しか見る事ができないが、今回劇中で「ここはそうでなく、こう歌うもんじゃないか」と、若干の脳内修正を施したイメージに、その写真の印象は何となく適合する。
    今回きつかったのは歌唱力を披瀝するような歌い方で、ビブラート無しのストレートな発声と、高速サイクルのビブラートへの移行をくっきりと、自在に繰り出すような歌い方がその一つだ。いささか拙くても思いが溢れる歌のほうが余程良いか知れない。技術はあっても良いが、技術に依拠するのでない歌を、声を聴きたかった。どうしても芝居の濃度としてそこが薄くなったのは(100%の出来を想定すれば、だが)否めなかった。総合点では上々な芝居に小言は言いたくないが。

    女優と言えば初演当時はまだイキウメにいた伊勢佳世が、キーとなる役を演じ、見事。英語と日本語の混じった奇妙な喋り(由来は孤児院とか)では、英語が「日本語英語」の発音。だが正体を顕わした後の英語はナチュラルな英語(ほんの一、二語程度だったが)。キャラの演じ分けも含め理知的に計算されているのを感じる。(イキウメのSF的世界は戯曲以上に演技が決定的と常々思っていたがそれを裏打ちする仕事)
    5名とも、芝居中どこかで自分の来し方を語る場面がある。それが成立するというのも「強制収容」という設定であるが、それぞれ愛おしく「劇的」で、空想物語の範疇でもある「女の美しい連帯と共感」の形が作られていた。
    その最後を飾るのが「謎の女」伊勢の役で、真珠湾攻撃後、日本民族に関する調査が緊急に要請され、大学で人類学研究に携わる伊勢が潜入調査を行なっていたという種明かし。彼女は中国系アメリカ人で(多数の言語を操るという設定が中国人らしい)、祖国を離れているが、アメリカで歌劇団を主宰する母と結婚して彼女を生ませた俳優の父はまもなく本国へ戻り、日清戦争後の二十一箇条の要求に反発する態度をとって拷問にあい、亡くなった事を明かす。祖国を離れた二世中国人という設定がここではテキメンに生きて、語られる史実に色がつかない。
    愛すべき日本人として存在した後、中国人と知らされた時には既に観客の心を掴んでいる。そうして「復権」した中国系の彼女の口を通して、中国で横暴に振る舞う日本人という「事実」が、史実として「復権」するのである。
    一旦「4人を騙した者」としてそこを立ち去った後、再度接近し、仲間となった4人との友情を確かめる「探り」のプロセスにこの語りが織り込まれる。そしてその後、彼女たちの真の連帯がそこに完成する。
    終演時、このドラマが「史実」に思えていた。というのも変だが、正確には、そうあってほしいと願っていた。(史実として)あり得たのであれば「あった」と言っても意味論的に何ら差し支えはない・・即ちそれが演劇の効力で、物事のあり方が一つでないと疑うためのこれ以上ない手段である。

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    2018/09/10 14:19

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