満足度★★★★★
鑑賞日2018/03/08 (木) 14:00
扉を開けて劇場の中に入り、最前列のほぼ真ん中の席に座ると、目の前には坂道とそこから続く上に続く道があり、舞台が上下2段になった舞台装置があるだけ。
開演直前、ふーっと薄紅色を一滴垂らし込んだような靄のような煙が、春の陽射しのような淡い光を纏わせながら天に吸い込まれて行きゆらゆらと立ち昇ったその一瞬、桜の花の香りがふわっと薫った。本当に薫ったのか、自分が何かに瞬間誑かされて薫ったように錯覚したのかは定かでないが、確かに瞬間桜の花が薫った。
焦点が引き絞られるように暗くなり、滲むように明るくなった舞台の上には、なにかに怯え戦くような、不安げで切なげな一人の桜の精を彷彿とさせるような少女が頭を抱えて蹲っている。
やがて、少女は面を上げて、はらはらと何かに圧され、儚く戸惑、何かから逃れようとするかのように舞う。
少女の名は咲来(さくら)。
咲来をめぐる物語。
『ある町に、金持ちが持つ宝を狙う盗賊たちがいた。その宝とは、さくら。やがて騒動は町を巻き込みんでいく。“さくら”に込めたそれぞれの想いが舞い吹雪く。
「俺の大事なものだけは、盗まないでくれよな。」』
そう、さくらは咲来。咲来をめぐるふたつの想いとふたつの愛情。
それぞれがそれぞれの為の大事なものを護る為に起きた切なく哀しくも温かく美しい物語。
心を許し合った友であった麓(ろく)と勘助。
金持ちの勘助(藤田健彦さん)は、自分が町の者たちから取り立てた金を麓(佐藤正行さん)に盗ませ、町の者たちへと分け与えさせていた。
麓率いる盗賊は義賊のように町の者たちに慕われ、金持ちの勘助は、町の者たちから恐れ嫌われていた。
勘助が麓にひとつだけ願った事。それは、故あって勘助が育てる事になった、血の繋がらない一人の幼い乳飲み子、咲来(五十嵐愛さん)だけは盗まないでくれということ。その事を麓も約束したはずだった。
時が流れ、麓の娘雪霧(ゆき)の物心ついてからの願いを叶える為、麓は勘助の大切な宝である咲来を盗もうとする。
なぜ、麓は心許し合いった友の勘助のたった一つの願い、約束を反故にしてまで咲来を盗もとするのか?それは、雪霧(宮本京佳さん)もまた、麓の血の繋がった娘ではなかったから。
かつて、何処からともなく幼い雪霧を連れて咲来身篭った躰で村に流れ着き、いつしか町に居付き、咲来を産んで間もなくなくなった一人の女に想いを寄せた麓と勘助。
二人はそれぞれ、女に想いを寄せながら、どちらも女との間に何があるでもなく、それは、友情のような不思議な間柄のまま、女の死によって終わったかに見えた。
どちらか一方が姉妹を引き取っていれば、後の悲しい結末には結びつかなかったのだろうか?
そうしていれば、雪霧と咲来、麓と勘助には違う行末にたどりついたのだろうか?それは、解らない。麓は、雪霧を引き取り、勘助は咲来を引き取った。かつて愛した女の形見として、少なくとも勘助は咲来に想いを寄せた女の面影を重ねていたのではなかったか。だからこそ、咲来を盗まれることにあれ程恐れ、護ることに必死になったのではないのか。
友を倒し、その為に雪霧の命を奪う程に執着したのではなかったのか。咲来に対する父としての愛情にどこか、女への想いが重なり合ってしまったのだろう。
母であるその女と同じ、舞うと固く閉じた桜の花が咲き、桜吹雪が舞うという力を持つ、咲来への想いは女への想いと裏表。
雪霧は、亡くなった母が絵に描いたただ一つの願い、雪霧と咲来と母とみんなが一緒に笑って、共に暮らすというその事を叶える為に、麓たちと共に咲来を盗もうとした。
誰が悪いのでもない、それぞれが、それぞれの愛する者を守る為、自分の大事なものを護ろうとするあまり、掛け違い、雪霧の命という犠牲を払った後に、自分にとって大事なものは他人もそうだと思い込み、勘違いした事から起こる悲劇に思い至り、気づく。
こう書いていてふと思う、形を変えた『ロミオとジュリエット』のようだと。
尊い命、愛する者のかけがえのない生命が潰えてから、初めてその事に気づき、過ちに気づく。
勘助に言われ、捕えられた雪霧を斬る工藤(村上芳さん)にしても、己の正義から見れば、雪霧を斬るのは正しい事ではないと解っていながら、愛する妻の病を治す為の薬代を稼ぐ為に勘助の理不尽な命令を聞かざるを得なかった。それもまた、自分の愛する者、大事なものを護る為である。
雪霧は、咲来が自分たちと共に暮らすのが咲来の幸せであると思っていた。
一度は盗み、咲来と共に居られたのも束の間、捕えられ斬られ息絶える瞬間、勘助の息子で友の彌(あまね/清水廉さん)に請われ、事情を知らず勘助の用心棒になり、本人の意図ではなく後をつけられた結果、雪霧を捕らえるきっかけを与えてしまった水門(みなと/太田旭紀さん)が支える腕の中で命果てて行く最後の瞬間、物心ついた時から笑わなかった雪霧の最後に見せた儚い笑顔に救われた思いがした。
雪霧の死後、麓によって語られた咲来と雪霧と3人で笑って暮らす事が女の最後の願いであった事を知った勘助の『何故それを言わなかった。俺がお前が欲しいと言ったもので駄目だと言ったことはなかっただろう。与えて来ただろう。そうと言ってくれれば、拒みはしなかった』という言葉が悲痛に胸に刺さる。
なぜ、心許し合い、解り合っていたはずの二人が、盗み盗まれまいとする前に心を割って話し合わなかったのか?なぜ、麓はその事を勘助に伝えなかったのか?見終わってから今までずっと考え続けている。
伝えていたら、あの悲しい結末はなかったかも知れないし、それでも、結局変わらなかったかも知れない。それでも、何かは変わっていた筈。
正義も大事なものも人それぞれ違う。その事に気づき、認め合えていたなら、変わっていたかも知れない。
世間から隔離されて育ち、雪霧たちによって外の世界を知り、世間を知り、無垢な幼女のようだった咲来が、最後に自分の足で立ち、自らの意思で選び取ったのは、育ての父勘助と血の繋がらない兄に彌と共に暮らす事、二人と家族で居続けること。この時、三人は本当の家族になったのではないのか。
そしてまた、雪霧の死によって、麓と雪霧も本当の家族になり、麓率いる盗賊一味と雪霧もまた、かぞくになったのではないか。
雪霧と母が望んだのとは形を違えたが、みんなが笑顔で暮らす家族になったのではないだりうか。
その犠牲は余りにも大きく、悲しいけれど。
最後の咲来が舞い、桜が咲き、はらはらと舞い散る儚く、悲しくも凛として美しい場面が2年前観た『羅刹の色』の最後の場面と重なり、胸に深く染み入り、涙が溢れて止まらなかった。
最後に観た、あの切なくやさしい桜のラストシーンは、きっとずっと忘れない。
文:麻美 雪