満足度★★★★
ブラジルの脚本だから、南米戯曲の多くがそうであるように思い込みが多い。そこを日本の時代に合わせ整理上演したという。
舞台面は、スピード感もあって、コンテンポラリーダンスのような象徴的な場面を挿入しながら,進む。或る雨の日、都市の交差点で交通事故で通行人が事故死する。その死の直前に、たまたま居合わせたこの劇の主人公が求めに応じて、その直前のキスをする。それをたまたま見ていた新聞記者が、男同士のキスを興味本位で記事にする。そこから・・・
という展開なのだが、なにぶんにもほぼ70年前の戯曲である。最近ロンドンで作者の没後記念で上演したと言う事だから(演出者も同じ)そこからとっての、この日本上演だろう。
発表当時と最も違うのはLGBTに対する市民感情の変化だろう。
多分、とこれは憶測でしかないが、原作はもっとゲイについて論及していたのではないか。
今回の上演ではそこはすっぽりと抜け落ちて(あるいは抜け落ちざるを得ない事情があって)いて、ドラマはその無責任な新聞記事によて巻き起こされる、現在で言えば、情報社会、ことにSNSの跋扈に対する告発劇のようなところでまとめている。
長年小劇場で苦労してきた古城十忍(共同演出)らしい配慮で、こうでもしなければ持たない、と感じた時代感覚はさすがであるが(パンフレットにそう書いてある)それならもっといい素材があったのではないかとも思う。同じ南米脚本の名作では「死と乙女」や「谷間の女たち」の世界は舞台を巧みに問題の焦点の外に設定して時代と場所を越えられる演劇にしている。この作品は主人公が遭遇する事件を、直、同じ時間で設定して進行していくので、そのたびに時代のずれを感じてしまう。象徴的シーンの挿入もそれを避けようとした工夫なのだろうが、ロンドンはよくても東京はどうだろう。
ロンドンはゲイの先進地で、差別とは言ってはならないが、区別を市民が受け入れてその上で市民生活が成り立っている。差別は深く隠れているのだ。そこがあってのこの演出者の工夫だと思う。
出演者は小劇場出身者で、大劇場の経験もある中堅で、長い台詞を早口でよくこなしているが、やはり吹き替え演劇のような翻訳台詞が抜けていない。むしろ、日本的な解釈でもっとゆっくりした台詞さばきでやった方が観客に届いたのではないかと思う。意外にセット・美術がよかった。