満足度★★★★★
公演の情報に書いてあったキャストは4人だったが、実際に舞台を観るとそれだけではなかったなぁ、と思う。
音楽を担当なさった吉田さんが2つの役でご活躍だったのと、そして、もうひとりの出演者……とでも言いたいくらい存在感があったのは、「会場」である。
東京公演は、彫刻家のアトリエだった場所で、観客は三方の壁に張り付くように並べられた椅子に座った。
大正8年に建てられた建築物の窓を閉ざした空間に、4人の、いや5人の声がそれぞれ印象的に響いて、何だかずっと昔に観た夢のような、現世と切り離された時間を過ごした。
下町の墓地に近いロケーションも、大きな窓をふさいだその部屋も、演じられる物語にぴったりで、我々は古物商の倉庫の壁の一部にでもなったように成り行きを見守った。
限られた空間に居並ぶ人々は、季節外れの暑さを感じていた。いつ書かれた戯曲なのか、物語の中もそれと同じような蒸し暑さがこもってきて、夕闇に煙の立ちこめる火事の様子さえその家のどこかに隠れて観ていたような錯覚を起こさせる。
その空間で、主役の尼子鬼平を演じ島田さんの声が圧するように響く。手を伸ばせば届きそうな距離で。贅沢なことだ。
歳を経て妖怪めいた大蜘蛛と、同じく長い時を経た器物たちと。骨董に取り憑かれた主と妻や娘と。その中で、鬼平の放つ気だけが異質であった。
野心も打算も執着も憎しみも、現世めいた色を放って彼らの中で浮かび上がるように見えた。
盲いたそぶりが生々しい。そういえば所属されている劇団でも盲目の兵士を演じたことがあったはずだ、などと脈絡なく思い出す。
年代物の大壺を演じた村上さんの堂々たる存在感。名刀の贋作を演じた小口さんの感情の振り幅。幽霊絵を演じた金子さんの儚い美しさ。妖怪めいた大蜘蛛を演じた吉田さんの飄々とした風情。
事件を担当する刑事役は、やや道化た吉田さんの動きに他のキャストが声を当てた。傀儡めいた刑事の世俗感は、鬼平とは別の意味で骨董商の屋敷に住む者たちとは異質であった。
吉田さんはその上に、澄んだ音を響かせる木魚ほどの大きさの打楽器やその他名前も知らないようなさまざまな楽器を駆使して、音楽やその他の音を生み出して、この不思議な物語を支えた。