満足度★★★★★
パンフレットで根本さんはこの作品を「日常劇を自分の中で
最上級にエンタメにした作品」(パンフレットより抜粋)と
語っている。まさにその通りの極上のエンタメ作品。
それでいて、心に深く刺さるものがあるお芝居であった。
開演前、客席に着き、舞台上を見る。
「もっと超越した所へ。」のように、4つの部屋で区切られている。
が、このお芝居は、上段に3つ、下段に1つと不規則だ。
何か仕掛けがあるのではと直感する。
上段の左側の部屋はほぼピンクと白で統一されていて、女性の寝室と一目で
分かる。上段真ん中の部屋は壁は青色一色に塗られていて、
中央に便座、その斜め上にトイレットペーパーが置かれている。
トイレだ。上段右側の部屋は和室。おおよそ4畳半くらい。
そこには狭い和室に不似合なシャンデリアの照明と、壁に貼られたピンクの
飾り物、机に置かれたうさぎのぬいぐるみ。それらは左側の寝室にも
ある。偶然なのか?何か関係があるのか?
下段の部屋は、壁に「キャッツ」や「ミス・サイゴン」等の
ミュージカルのジャケットが飾ってある。整理させている
地味目な部屋。
劇が始まり、その部屋の主たちが登場する。上段左の部屋の主は
足立麻里(長井短)、25歳。可愛らしい衣装を着ていて、劇中
何度も衣装を変える。相当おしゃれ。まさにイケてる最中の
典型という人物だ。そしていつも
人の目を気にしている。それは彼女が可愛いというのを
売りにツイキャスをしているという事実に繋がっていく。最近は
「私、需要無くなるんじゃないの」と視聴者の減少に悩まされていた。
挙句の果て、世話が全くできないのに受けが良いというだけで犬を飼う始末。
一人っ子でお金持ちの娘という事もあり、自己中で承認欲求が強い。
人使いが荒く、人が自分に合わせてくれるのが当たり前だと思っている。
そのくせ、人をネガティブな目でしか見ない上に、それを口に出してしまう。
そんな麻里と同じマンションに住み、麻里に良い様にこき使われているのが
トリマーをやっている橘エイミー(ファーストサマーウイカ)、24歳。
上段真ん中のトイレの主である。麻里が飼っている犬を世話したり、
麻里の無茶振りを、小言を言いながらも、請け負ったりする、良い人である。
麻里とは友達の仲だが、同じ一人っ子なのに麻里とは大違い。
物語では語られていないがきっと苦労人に違いない。苦労の末に、
手に職を持ったのだろうと私は推測する。ゆえにますます麻里が図に乗るのだが。
なぜトイレなのか?それはエイミーが自宅の中で一番落ち着く場所だからだ。
便座の上で胡坐をかき、カップラーメンを頬張る。
麻里と違って、落ち着いた衣装で長めのスカートを履く。自分の仕事に誇りを持ち、
落ち着いてはきはきとしゃべり、どこへ行っても裸足。ペディキュアが綺麗。
衣装を含めて、こういう性格の女性は私は好きだ。
上段右側の部屋の主は黒川桃子(根本宗子)、25歳。
麻里のツイキャスの視聴者だ。今も昔もお金には縁が無い。
初見、麻里やエイミーのようにさほどの印象はない。お話が進んでから
明らかになる事だが、パニック障害の持ち主。他の登場人物と相対する時、
相手の顔を直視できない、何かとすぐに謝る、瞼の開閉の数が
いやに多い、麻里やエイミーに比べ圧倒的に衣装も地味だし、
己に自信がない女性だ。
根本さんはパンフレットのインタビュー記事で、原作者・演出家として
「自分(ちゃんとした芯)がない役を自分(役者としての根本さん)に回す」と
いうような事を言っていた。確かに思う節がある。
根本さんが演じてきた中で「スズナリで、中野の処女がイクッ」のじゅんや、
「皆、シンデレラがやりたい。」の
赤瀬由衣などは、自分はないが器用で強かで周りの空気を読んで
うまく立ち振る舞う役であった。「別冊『根本宗子』第5号
『バー公演じゃないです。』」の「わたなべ」のように、自分が無さ過ぎて
周りに流されっぱなしの役もあった。今回の黒川は後者に近い感じだ。
そして、下段の部屋の主は、RENT Tシャツを着た横手南(田村健太郎)、
30歳だ。ゲオでバイトしながら、オーディションを受けている役者の卵。
部屋に飾られているジャケットやTシャツからも想像がつく通り
ミュージカル好き。だけど、役者としての才能は今ひとつ。
全くオーディションに受からない。なぜなのか?
過去の根本作品に出てきたような、相手の胸の内を全く察しない
コミュ障でスーパー自己中男の雰囲気も言動もない。
他人が言う事もちゃんと聞くし、発言もまともで、周囲への思いやりもある。
ストーリーが進んでいくうちに、その理由がおぼろげに分かってくる。
で、麻里が、出会い系アプリ「tindar」で南を見つけ気に入り「Like」を
送った事から物語は動き始める。それを見ていたエイミーも「tindar」で
南に「Like」を送る。その一部始終が誤ってツイキャスで放映されていた
事から黒川も南に「Like」を送る。だが、エイミーと黒川はさほど南に興味を
示しているようには見えない。
受け取った側の南は舞い上がり、「ライク」を「スーパーストライク」と
勘違いし、3人と同時に付き合う。
一人の男性が複数の女性と付き合うという設定は、「超、今、出来る、
精一杯」や「新世界ロマンスオーケストラ」にも見られた。前者では
一人の男が言葉巧みに何人もの女性と交際して子をはらませたり、
後者では、女性たちを利用して自分がのし上がっていこうという野心家だったりと
どちらとも身勝手な男だった。
対して、南は麻里らの無茶振りに文句も言わずに応え、相談にも乗り、
雑用もこなし、彼女らのためなら何でもするような、他人思いの優しい男である。
当初は彼に対してあまり関心がなかったエイミーや黒川も
彼の優しさや誠実さに魅了されていく。黒川は自身のボディラインを凄く
強調するような服で彼の部屋に訪れ、言葉に出さずとも
猛烈にアピールする始末。(根本さんのボディライン良かったです)
そうこうしているうちに、南の部屋で3人が顔を合わせてからは
バトルの始まりである。なぜか麻里と黒川は靴下以外上下同じ
衣装を着ている。エイミーは、麻里との主人と家来のような上下関係に
悩み彼女を裏切りたくて南に近づいたと告白。
黒川は、実は麻里とは中高6年間の同級生。地味で目立たなかった彼女が
リア充でスクールカースト上位の麻里とつるみ、彼女と同じ衣装を着る事で
自分もステータスが上がったと思っていた。麻里と同じ、花柄の入った
白いワンピースで現れたのは、
おしゃれに鈍感な黒川が、麻里と関わっていた時のイケてる服を
まだ持っていたからだ。しかしただの麻里の引き立て役に
すぎなかった事に気づき、彼女から離れていった。今のエイミーと
同じ立場だった訳だ。いまだに麻里の事が気になっていたので
ツイキャスを見ていたのだという。麻里がいかに酷い人物であるか、
彼女にされた仕打ちの数々を暴露する黒川。黒川も麻里の
恋を邪魔したくて南に近づいたのだ。南にとって黒川は、
この公演の御挨拶に根本さんが書かれていた「負の情報ばかりくれる人」、
まさにそれだ。
同じ境遇を経験した黒川が現れ、彼女に同情するエイミー。
エイミー・黒川連合VS麻里の激しい口論が繰り広げられる。
このバトルが非常に笑える。
今まで挙動不審で、まともに話し相手の顔を見つめていられなかった黒川だが、
麻里と対峙してからは人が変わったように、相手を凝視し睨みつけ、
確信を持ってきつい言葉を投げかける。この豹変ぶりが面白い。なぜ靴下だけが
違うのか?私が考えるに、そこはせめてもの麻里への抵抗、
自分自身の誇りを表現したいとの熱望の表れではないかと。
では、なぜ学生時代散々コケにされた麻里のツイキャスを見ていたのか?
いまだに黒川には麻里への執着があったからだった。過去にどんなに
酷い目に遭わされても麻里を理解したい。なんで今麻里の隣にいるのが
私じゃないの!?怒りの矛先は急にエイミーに向けられた。
こんな複雑な執着の持ち主に、「今、出来る、精一杯。」の車椅子の少女・
長谷川未来を連想してしまった。
エイミーも昔から麻里を知っている黒川に嫉妬し、今度は黒川とエイミーとの
闘いが始まる。目まぐるしく人間関係が変わる展開は
根本さんの十八番。めっちゃ爆笑した。
さて南はというと、3人の声に耳を傾け、それぞれの発言に「わかる」を連発し、
誰の敵でもないように振舞う。それは、彼女たちからしてみれば
何も分かっちゃいない。どっち付かずの南の態度に、3人の集中砲火が
始まる。それを必死に受け止める南。ここで衝撃の事実が。南は、これまでの人生で
同性・同年代・老若男女、誰一人
友達がおらず、それを作るために「tindar」に登録したのだという。
女しか寄ってこず、男との出会いが無いのを本気で不思議がっていたのだ。
しかも、友達という存在に異常なほど固執する。
「いったい、この人は何なんだ」未知との遭遇を今まさに実感しているかのような
麻里・黒川・エイミー。パンフレットで「同じ事柄(「tindar」でやりとりする事)でも
人によっては受け取り方が全然違う」というような事を根本さんは
言っていたが、まさにそれだ。
ここまでくると、南が役者として大成しない理由が観る者の腑に落ちてくる。
誠実ゆえに八方美人。相手が一言では言い表せないとても複雑な事情を
抱えていても、迷いもなく自信を持って簡単にもっともらしい言葉を
言ってしまう人間。常に正論を吐く人間。作詞家で音楽プロデューサーの
いしわたり淳治氏は言う。
「正論は右から左へと聞き流されてしまい、人の心には
全く刺さらない」と。その聞き流されてしまう正論をいとも簡単に、
相手の心理を深く考えもせず簡単に垂れ流してしまう。自分特有の事情や
気持ちを全く理解されずに正論ばかりを強引に押し付けられると人は怒りを
覚える。人の話を聞いて「分かる」を連発するも、何もその人の
心情を分かっちゃいない。善意を振りまいて周りに迷惑をかける人間。
それを南は認識していない。過去の根本作品には出てこなかったが、
彼もまた変り種ではあるが、まともなようでまともじゃない一種の
「スーパー自己中」、一種の「コミュ障」なのだ。それを本人が
分かっていないから、なかなか役者として芽が出ない。
役者としての大成どころか、彼には若い時からずっと友達が出来ないという
のも、その自覚症状が無いからだ。南の半端ない「友達」への執着が
逆に人を離れさせる、という事も
全く理解していない。何とか3人は、男女の壁を強調し、南を突き放そうとするが
それが返って、南の執心に火をつけ食い下がってくる。
南が必死になればなるほど、そのやりとりに大爆笑してしまった。
凄い圧の演技、田村さんお疲れ様でした。
想像をはるかに越えた南という存在の前では、麻里・エイミー・黒川
の間の争いは無意味だと感じた3人は、3人の間のわだかまりを昇華して
南の部屋を立ち去る。残ったのは、まだ友達に固執する南のみ。
これでこの物語は終わりかと思いきや、黒川一人が南の前に再登場。
「あなたのおかげで長年の麻里への
執着は消え去った。友達から付き合ってください」と自身の
気持ちの大きな変化と、まだ恋心はある事を南に必死に告白する。
まるで「今、出来る、精一杯。」の長谷川未来の
魂の叫びのように。
麻里、エイミー、黒川の心の鎖を解き放った根本さん、
南にもそのチャンスを与えたんだなあと感じた。
お話はここで終るのだが、私は、時間はかかっても
南は黒川の力を借りて、友達への執着を自らの手で
脱ぎ捨てる事が出来るだろうなあと、続きを想像してしまった。
執着を捨て去った黒川と、彼女と南とが二人三脚で
南の執着を外していこうと歩み出す姿に、自分を重ね、心揺さぶられ、
自身も何かのくびきから解き放たれたように感じた観客も
多いのではないだろうか。
飛び道具演出で笑わせてくれ、二転三転の人間関係の
どんでん返しで笑わせてくれ、最後は、なぜだか
心温かく開放感を感じさせてくれる作品だった。