満足度★★★★★
鑑賞日2017/09/30 (土) 19:00
上村松園の『焔』は、謡曲「葵の上」に着想を得て、源氏物語に登場する光源氏の正室葵の上への嫉妬に身を焼き、生霊となって、源氏との子を産み落とそうとしている葵の上を取り殺そうとする六条御息所を描いた、美人画作家といわれる上村松園の作品の中では異色の主題の作品。
髪の端を噛んで振り返る蒼白い般若のような顔には、嫉妬に翻弄される苦しげな姿が現われ,白地の着物に描かれた清楚な藤の花にからむ大きな蜘蛛の巣が,執拗な怨念と自らもまた持て余し断ち切るに断ち切れない嫉妬の怨念に絡め取られて懊悩する情念を不気味に暗示させる上村松園の『焔』。
この『焔』をそのまま写し取ったようなフライヤーを観た時、嫉妬に絡め取られた女の情念、怨念が引き起こした殺人事件の話かと思っていたが、事はそう単純なものでは無かった。
確かに、それはある意味歪んだ情念、怨念が別の形となって現れた事件とも言えるのではあるが…。
『焔』は、持主を取り殺すという噂のある浮世絵師・乾宝山による『夜行四十六怪撰』の中の一つ、幽霊絵の『お駒』として登場する。
盲目の骨董商『尼子鬼平』(あまごきへい)には、その名から横溝正史の『八つ墓村』に出て来る八つ墓村の由来になった金目当てに村人に殺された落武者尼子一族の長・『尼子義孝』(あまこよしたか)が、にっかり笑う幽霊を斬った逸話で知られる『にっかり平左兼正』は、『刀剣乱舞』の『にっかり青江』(調べたところにっかり青江は実在する刀らしい)を、唐の時代に創られた、副葬(器具・調度などを遺骸に添えて埋葬する事)に用いられる万年壺『三梅花文六耳壺(さんさいかもんろくじこ)』は、盛唐期の8世紀前半頃に貴族の墳墓に副葬するための明器として盛んに焼造された唐三彩の『三彩梅花文壺(さんさいばいかもんつぼ)』や、胴部に花文、裾部に蓮弁文を線刻した華南三彩の六耳壺。『華南三彩刻花文六耳壺(かなんさんさいこっかもんろくじこ)』が、頭を過ぎった。
実際に存在する骨董品を下敷きにしている事により、『三英花 煙夕空』の世界がぐっと真実味を帯びた虚構の世界になり、観ているうちに事件を物陰に隠れて目の当たりにしているような、骨董品の目戦になって観ている感覚に陥って来る。
その独特の雰囲気は、横溝正史に江戸川乱歩の妖しさを数滴落したような、禍々しくも狂おしい切なさと悲しみ、人の持つ業とエゴイズム、軆の奥底に潜む歪んだ狂気をも暴き出すようでもあった。
旧平櫛田中邸アトリエの空間の使い方、光と影、闇、ガムランを思わせる間演奏の音楽と随所にその場面場面で奏でられる生の音、骨董たちの声が聞こえる尼子鬼平と骨董たちのだけしか、自分の声で話すことが出来ず、骨董たちの声の聞こえない普通の人間である刑事は、自らの声で喋る事はなく、声をあてられ、動きまでも人形遣いによって操られ、その姿は人形浄瑠璃のようである。
骨董たちと尼子鬼平のやり取りを、天井から観ているのは、蜘蛛の棕櫚。役者の手の影絵によって、蜘蛛の影が大きくなり、その蜘蛛の影が闇となり、役者と観客が呑み込まれ、『三英花 煙夕空』の扉が開かれ、迷い込んで行く感じが、膚身に粟立つような怖さを犇々(ひしひし)と伝わって来た。
骨董商として師匠の織部を越える目利きの才を持つ尼子鬼平への織部の嫉妬、その嫉妬から鬼平の目を事故を装い潰した織部への怨み、織部の持つ骨董たちのへの執着と骨董商としての尼子鬼平の業。
書生に夢中になり、一緒になりたい余りに二人の仲を割こうとする父織部を無邪気な理由でにっかり平左兼正で殺害したものの、書生と駆け落ちすれば贅沢が出来ないと知り、これまで通りの贅沢を続ける為書生を捨て、織部の財産と骨董と自分を得る為に近づいて来た鬼平の妻となった娘はるの無邪気なエゴイズム。
はるの愛を一時なりと得た書生斉木に対する鬼平の嫉妬と自分の怨みを晴らし、欲望を満たそうとする鬼平の業とエゴイズム、唯一、織部の死を悲しみ、織部を慕う骨董たち。
ミステリーやサスペンスと言うより『因果応報』の物語。そこに在るのは幾重にも絡み合った業と嫉妬とエゴイズム。
織部殺害は、娘はるの犯行と思った後に訪れる、どんでん返し。直接手を下した訳では無いが、織部に死を至らしめた元凶であり、手に入れた証言者の骨董たちを葬った鬼平に死の鉄槌を下したのは、葬られた骨董たちの怨念であり、織部の仇を打った骨董たちの思いであり、それは正しく『因果応報』であった。
最後には、誰も居なくなった屋敷に残ったものは、人の持つ業とエゴイズム、軆の奥底に潜む歪んだ狂気だったのかも知れない。
響き渡る読経、闇に沈むアトリエ。『三英花 煙夕空』の扉が閉じられた後に残ったのは、背筋に走る言い知れない怖さであり、それは、猟奇的な怖さではなく、人間の奥底に巣食う業とエゴイズムと欲望の怖さである。
役者さん達の表情、動き、空間に放たれ漂う言葉と声、奏でられる音、光と影、全てがこのアトリエに『三英花 煙夕空』の世界を出現させ、観客を取り込み、呑み込み、世界の一部へと化してしまったような凄みのある舞台だった。
文:麻美 雪