満足度★★★★★
「想像して下さい」
いつものように、末原拓馬さんのこの言葉から、物語の入口へと導かれる。
閉じた目蓋の裏に広がったのは、X'masの夜の森にふわふわの毛に縁取られたフードの付いた真っ白なコートを着て佇む自分の姿。
白いブーツの足の裏を地中に孕んだ熱がほのかに伝わり、空から降り注ぐ雪のような銀色の月光を仰ぎ、雪の匂いのする風に一瞬目を閉じて開けば、そこは星の砂が敷き詰められた浜辺。
コツリと爪先にあたる感触に、目を凝らせば、銀色の巻き貝。しゃがんでその銀色の小さな巻き貝を掌に乗せると、銀色の光を放ち、空に光が矢のように真っ直ぐに迸り、掌の銀色の巻き貝は、クリスタルに変わり、水彩絵の具の赤と緑と銀色のX'mas色の3色が互いの色の境界線を滲ませて、染まる見たことのない、美しい巻き貝へと変わっていた。
頬にポツリと感じた冷たい感触に、空を見上げれば、真っ白い雪が一片、二片と地上に舞い降り、一片の雪が眩い光を放ち、全てが真っ白になり、目を開き現れたのは、『ヴルルの島』の物語の世界。
昔々、或いは遠い未来、もしくは今現在のどこかの物語。
物心ついた時から独りぼっちだった孤独な盗人ホシガリはある日、追っ手に追われて命からがら港に泊まっていたシオコショウと、シオコショウが面倒を見て行動を共にしているトリツキの乗っていた船に乗り込み、積み荷ごと船を奪って逃げようとしたが、それは世界中のゴミが捨てられる島に向かう船だった。
広すぎるほど広い海を渡りようやく辿り着いたのは、見渡す限りゴミの山が広がるヴルルの島だった。
ヴルルの島でホシガリは、誰かに何かを贈りたいと願う怪物アゲタガリと、自分のすることを手伝えば、船でホシガリが居た場所に返してあげるという島の民ジャジャと出会い、島の星たちに見降ろされ、傷ついた者たちの奇妙な生活が始まる。
そして、島にまつわる悲しく残酷な過去が明らかになった時、最後に待っていたものとは....。
こんなにも切なくて、こんなにも美しく、温かい物語があるだろうか。
末原拓馬さんだから紡ぎ出せた物語、おぼんろだからこそ紡げた物語。
船に乗り込んで来たホシガリを上からの命令で処分しようとするさひがし ジュンペイさんのシオコショウは、トリツキと自分が生きてゆく事しか考えていない無情な人間の見えながら、ホシガリがヴルルの島をゴミの廃棄所にする為に先住民と戦った時の上官の息子であること、戦争への後悔の念によって、気を狂わせホシガリの父の最後の姿を見ていたシオコショウのホシガリに対する思いと、ずっと面倒を見続けているトリツキが自分にとってかけがえのない存在だと知った時のシオコショウの中にある、後悔による苦しみと温かな情が胸にしみじみと迫って来た。
そんな、シオコショウとはうって変わった、さひがしさんの弁士。毎回、物語の何処かしらに現れて、会場を笑いの渦に包む弁士。
私もそうなのだけれど、この弁士の登場を毎回楽しみにしているおぼんろファンは多い。弁士のさひがしさんは、実にイキイキと楽しそう。
この弁士の登場する場面は、正に塩コショウのように、いつも、最後は感動の涙にくれるおぼんろの物語を引き立てるスパイス。
その弁士の場面に登場して更に花を添え盛り上がるのが、わかばやし めぐみさんの毎回何が飛び出すか分からない、コスプレ。
わかばやし めぐみさんの幼い少女のような心と言動をするトリツキ。その純粋無垢な心ゆえ、トリツキの口を通して、ジャジャに死者の霊を慰めるため、ホシガリを生け贄に捧げる儀式の準備をするように告げるヴルルの島の女神にこの島に来る度に、躰を貸してしまうという純真無垢で、儚いような愛しさを感じるトリツキとは、うって変わって、弁士の場面に登場するめぐみさんは、今回はトナカイ姿で、思いっきりキュートに楽しく弾けていた。
今回のトリツキ、可愛くていとおしくて、とても素敵でした。
高橋倫平さんの島の民ジャジャは、戦争によって、亡くした家族の霊を慰める儀式の為に、家族の命を奪った兵士の息子であるホシガリを生け贄に捧げるため、騙そうとするが、ホシガリと共に生活しているうちに、情が湧き、ホシガリもまた、気が狂い、人に与えても蔑まれ、馬鹿にされ、奪われて死んで行った父に、必要とされていないと感じ、与えても奪われるなら、奪って生きてやると盗人になる程に孤独で、傷ついていたことを知るに至って、ホシガリの命を奪えずに葛藤する姿が胸に痛かった。
藤井としもりさんのアゲタガリ。登場人物の中で、今回一番好きなキャラクター。
戦争のため、殺人兵器として作られながら、いつしか人間のような心を持ち、人を殺めることを止め、ホシガリの父の遺言で、ただホシガリの幸せを祈り、ホシガリを幸せにすることだけを思い、ホシガリが来ることを待ち続けていたロボット、アゲタガリ。
上機嫌だと鼻歌を歌い、常に人に与えようとするアゲタガリ。次第に心を開いて行ったホシガリに、常に与え続けたアゲタガリは、ホシガリの父の姿でもある。
最後に、ホシガリたちを助けるため、ひとり島に残って、島から船出するアゲタガリの後ろ姿は、寂しさを覗かせながらも、ホシガリが幸せになることへ満足したような、ホシガリの幸せだけを願う優しさと明るさを感じさせて、温かい気持ちになった。
アゲタガリが本当に可愛くて、切なくて、愛しかった。
末原拓馬さんのホシガリは、奪うことで、自分の抱えきれないほどの孤独と痛みから逃れようとしているようで、せつなきった。
末原拓馬さんのホシガリの孤独の深さに胸が詰まる。信じて心を開き始めていたジャジャに、騙されていたと知った時の深い孤独、けれど、ホシガリを騙し切ることが出来ず、ジャジャもまた、ホシガリに心を開き、心に芽生えた情を裏切る事が出来ず、ホシガリたちと共に島を出ることを選んだジャジャを見て、ジャジャに討たれてもいいと変わってゆくホシガリの姿に、微かにでも人を信じる気持ちが芽生えたこと、ホシガリの孤独がジャジャとただただ、ホシガリの幸せだけを願い、無償の愛を向け続けたアゲタガリによって、優しい気持ちを心に灯し始めたホシガリとアゲタガリの最後の場面が胸に切なくも温かった。
あなたにとって大切なものは何ですか?大切な人は何ですか?
私にとって、大切なものとは何か、大切な人とは誰か。
その事をずっと考えていた。
元をただせば、美しく暮らしたいが為に、自分達で処理できなくなったゴミをヴルルの島に捨てる、ごみ処理場所するために幸せで穏やかに暮らしていた、ヴルルの島に戦争を仕掛け、先住民からその島を奪った、人間の身勝手がジャジャたちからたくさんの大切な人と物を奪ったゆえの悲劇。
だからこそ、ただ相手の幸せを望み、惜しみなく与えるアゲタガリの姿に涙が溢れて止まらなかった。
書いている今も、思い出すと涙が零れる。
末原拓馬さんからも、「長いの書いてね」と言って頂いたので、今回も長いぶろぐになりましたが、観ている間中、ずっと涙が止まらなくて、最後は声を溢して泣いていた。
クリスマス・イヴに観た、おぼんろの紡ぐ切なくて美しい物語、『ヴルルの島』は、一生心に残るクリスマス・プレゼントでした。
文:麻美 雪