満足度★★★★★
美しく、幸せな時間の流れる舞台
ほの暗い階段を下りきって、目の前に広がるのは、洞窟の胎内に抱かれたような、「サーカステントの夜」という言葉が、ふと頭を掠めるような空間。「ああ、おぼんろの空間だな」と思える世界。
「想像して下さい」
末原拓馬さんのこの言葉から、おぼんろの物語りはいつも紡がれ始める。
目を閉じて、拓馬さんの声に導かれるがままに瞼の裏に広がったのは、夜露に濡れてひんやりと湿った草が足の裏を擽り、仄かに金色を帯びた蒼白い月の光が天空から、まっすぐに私に伸びる夏の夜の森。
温かな月の光に包まれながら、目の前に、透明な銀色に菫の紫と夜の蒼を垂らして、マーブル模様にしたような美しい物語葉がゆらゆらと揺れ、梔子(くちなし)の甘い香りが微かに燻る(くゆる)風が頬を、髪を撫でて吹き過ぎる静かな夜の森に、1人佇む私の姿が浮かび上がる。
パチンとシャボン玉が弾けるようなクラップの音にそっと目を開けると、其処は<br>おぼんろの語り部たちが紡ぐ『ルドベルの両翼』の世界だった。
人と恋をし、神様の怒りに触れたルドベルは、両の翼をもがれ、痛みにのたうち回るその目の前で、恋人を八つ裂きにされ、重い世界を背負わされ後悔と永久に続く苦しみをも背負わされ続ける。
呪われた地ルドベルに生まれた民は貧しく、翼のない者が住み、地上は荒れ果て住むことが出来ず、無限に入り組む地下洞に住み、神に愛されたビルゴンドの地に住む翼を持った民は豊かに暮らし、ルドベルとビルゴンドの狭間の地は、様々な存在が生きたり、死んだりしている。
『ルドベルの両翼』は、ルドベルとビルゴンド、狭間の世界の物語。
「いつもとはひと味違うおぼんろの舞台」と末原拓馬さんが言っていた通り、おぼんろの色彩(いろ)でありながらも、いつもとは違う物語が紡がれていた。
おぼんろの、末原拓馬さんの描く物語りは、いつも切なく、胸に染み通る美しさと仄かな温かさを秘め、一見悲しく見える結末も、よくよく思い返せばある種のハッピーエンドと言えるものではないかという物語の結末なのだが、『ルドベルの両翼』は、清々しいまでに、ハッピーエンドなのが、いつものおぼんろとひと味違うところ。
高橋倫平さんのリンリが、純粋でお人好しで、かわいい。昨年の胸を引き裂くような孤独と悲しみを背負ったゴベリンドンとは180度違う印象で、いつもなら、拓馬さんが演じるタイプの役なのだが、そこもいつものおぼんろと違うところ。
ひたすらにタクムを信じ、ジュンジュを信じ、タクムを助けようとするリンリの純粋でまっすぐな人の好さが健気で、ほうっと温かく胸を打った。
さひがし ジュンペイさんのジュンジュも、『ゴベリンドン』のザビーとは、これまた180度違う、途中、ちょっとだけタクムを利用しようとする所もあるのだが、結局は、タクムを守ろうとし、いつもリンリを守ろうとする温かさがある。
わかばやし めぐみさんの水の民は、口ではきつく、厳しい事を言いつつも、何処かで、純粋でまっすぐで、嫌と言えないリンリを歯痒く思いながらも気にかけている、心のなかに優しさの欠片をちゃんと持っている。
藤井としもりさんのトシモルは、タクムの下僕と言いつつも、何処か兄のように、自分の身を犠牲にし、双子の兄の身代わりになってでも、兄を守ろうとするタクムを誰よりも思い守ろうとする姿に胸が熱くなる。
末原拓馬さんのタクムは、純粋でまっすぐなのは、リンリンと似ているのだけが、『ゴベリンドン』の切ないくらい天真爛漫なタクマと比べると、毅然とした大人っぽさのある無垢さを感じた。
人を愛したが故に、神の怒りを買い、両翼をもがれたルドベル、大切な兄を守ろうと自らの両翼を切り取ったタクムこそが、もしかしたら互いの半身だったのではないだろうかと思った。それは、鏡に映したもう1人の自分なのではなかったろうか。
なぜ、人を愛したことが神の怒りを買ったのだろうか?
カトリックの幼稚園に通っていた私は、神は愛を説いた人、愛を説き、奇跡を起こしたが故に、それを良しとしない者に迫害され、磔刑に処せられたというイメージがある。
ルドベルの両翼をもぎ取った神は、かつてイエスを磔にした神という名を騙った迫害者だったのではとすら思ってしまう。
人が人を愛することは尊い。
けれど、この頃思うのは、愛する者のために、自らの命を差し出し、自らの命を犠牲にするのが愛ではなくて、愛とは、愛するとは、何があっても、どんな状況であっても、心から愛する、心から大切に思う者と共に生きること、命尽きるその日まで、共に生き抜くことが、愛なのだと。
『ルドベルの両翼』を観ながら、いろんな思いが全身を駆け巡り、胸に去来し、思考と感情が凄い勢いで回転し、押し寄せて、泣いたり、笑ったり。
ぽろぽろと涙が溢れる場面はあるのだけれど、物語の結末がとても幸せで、「ああ、良かった~!」そう思えて、観終わった後に、温かな優しさと幸せな気持ちが胸に留まる、 美しく、幸せな物語が紡がれた舞台だった。
文:麻美 雪