満足度★★★★★
段ボールに羽がはえて見える人必見
一瞬、あ、これ観たかな・・と思ったけど多分観てない。
自分が観始めたのはゴアゴアがこの初演の次に王子に来てからだ・・と思う。
でも、初めて見た気がしない。
別に貶してるんじゃなくほめ言葉で(笑
この舞台が何を言いたいのか、多分小劇場好きなら小学生でも分かる。
笑って笑って、そのうちなんか心が泣けてくる(苦笑
カステラが甘い並に端から端まで笑える話なのにね~(分かりにくい喩えでスミマソン
ホント、えげつない(苦笑
小劇場で10年も20年も舞台を作り続ける人って何を作ろうとしている人たちなのかね?
蜷川幸雄みたく一大芸術でも、あるいは仏像でも彫ろうっていう気構えなのかね?
・・意外とそんな人は少数派で、世間一般の人からすると「このダンボールに羽が生えて見えます!」なんて言うとおいおい正気かよ、そんな紙製品ごとき俺のレキサスで轢いちゃうぞ、みたく光り輝くガソリンを消費する内燃マシンに比べれば重きを置かれないのが普通、な物体に価値を見出しちゃう不幸な人たちの集団だと思う。もちろん観客も(苦笑
ようは横から見てると、「その頬ずりしながら作り上げてるモノ、段ボールですよ、見えてないかもしれないけれど」「何をおっしゃる、この羽、見えませんか?」「・・は?」な夢見がち。
でも、こんなに不毛なものなのにいざ観てみれば、別にツイッターに書くまでもなく世間が一目置く芸術作品を我先にチケットを争って手に入れて観に行くより・・なんて幸せな人生・時間!・・なんだね(嗚呼(笑
そんな「どうかしちゃった奴ら≒作り手」の、救いようのないしょっぱい話がこれでもか!と・・・でも観てて思うんだけど、これって真実だ(今作のBL的要素を除く←一応期待を煽っておく(笑
自分自身で考えた時、自分がなんで小劇場の舞台を観に行くのか・・・ってそれって、「俺、蜷川の若いときの舞台観たんだ」みたいな自慢をするためじゃない。そんなんじゃ続かない。余程人に自慢したがりのヒマ人でもない限り。
たぶん「才能のカケラも無いのになんで俺は続けるんだ!」って自問しながら舞台に立つ人間が心の底から叫ぶ(howl)、自分で自分のことを笑いながら、そんなイカれたロマンチシズムの観測者であることにカタルシスを覚えるようになってしまったからなんだろうな(苦笑
でも、才能っていったい何なんだ・・自分にはわからない。
諦める早さのことを言うのか?
でもただ一つ言えることは、少なくとも舞台の上にある限り、慧眼がきらめく一瞬よりかは、くすんだ名も無い人生の方が自分の目には遥かにロマンチックに見える(ことが多い)ということだ。
あるいはそこにそのように配置する勇気のことをこそ才能というのかもしれない。美しさを美しさのまま提示する芸術家が二流であるように♨