火宅の後 公演情報 猫の会「火宅の後」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    無頼でなければ面白くない
    作家檀一雄をモデルにした“昭和無頼派評伝劇”とのことだが、まさにそれだった。
    自分を切り売りするような作品しか書けない作家の苦しみ、
    彼を取り巻く編集者や家族の思いと葛藤が鮮やかに描き出される。
    時空を超えたかのような謎の男を狂言回しのようにも使った演出も面白い。
    斜めに傾いた丸い居間、そこに敷き詰められた白い砂の感触が
    観ている私の足裏にさらさらと伝わってくる不思議。
    作家役、謎の狂言回し役、太宰治役の3人が強烈な印象を残す。
    作品も人生も、“無頼でなければ面白くない”と思わせる説得力が素晴らしい。

    ネタバレBOX

    舞台中央に作られた居間は円形、手前に向かって傾斜しているのは目の錯覚?
    と思ってよく見るとやはり傾斜している。
    開演後まもなく、絨毯のように見えた床が
    実はさらさらとした砂のようなものらしいことが判る。
    歩くと足跡がつき、縁側に見立てた淵から立ち上がればそこから砂がこぼれる。
    この不思議な空間で、女と別れて戻ってきた作家、その妻、息子、作家志望の書生、
    編集者たちが、ある時は攻防を繰り広げ、ある時は理解し受け入れ合う。

    作家の死後、編集者が残された妻に思い出話を聞きに通っている、という設定で始まり
    過去に遡って当時を再現、再び現在に戻って冒頭と同じ会話を交わして終わる。
    同じ台詞が、最初と最後ではまるで違ったニュアンスに聞こえる…。
    “遠くて近い妻”が見てきた作家が浮かび上がる、この構成が効いている。

    無頼派の作家篠井五郎を演じる高田裕司さんが素晴らしい。
    悪びれもせず放蕩を繰り返しながら平然とまた帰ってくる男、息子には良き父親で、
    時には料理をふるまって編集者をも魅了し、人の才能をいち早く見出してはそれを怖れ、
    自分の人生を切り売りしながら血の出るような作品を書く男。
    すっきりとした立ち振る舞いや豪放磊落な物言いが、
    無頼派らしく枯れない中年を感じさせる。
    お行儀よく、他人の思惑と空気を読むことに汲々としている
    昨今の草食系とは対照的で、非常に魅力的である。

    まるで不審者のように登場して、作家や編集者の深層心理を暴き波風を立てる、
    謎の“ファン”積木を演じる贈人(ギフト)さんの存在が大変面白い。
    「あなたは将来命と引き換えにこの小説を書き上げて
    読売文学賞を取るんです!」なんて言い切ったりする。
    戯曲を書いた北村耕司さんの分身であろうこの男は、作家の一番の理解者であり
    彼の作品を評価する後世の代表者である。
    少々強引でシュールなこの展開がリアルな説得力を持つのは、
    演じる贈人さんの台詞の素晴らしさだろう。
    編集者としての在り方や、作家自身が気づかないスランプの理由を
    ズバリ指摘する場面、あの熱のこもった台詞は、
    北村さんの檀一雄とその作品に真摯に寄り添った末の声だ。
    贈人さんは身のこなしも軽やかにその声を見事に体現している。

    作家に自分の作品を見せるため津軽から出てきた青年(後の太宰)
    を演じる牧野達哉さん、
    登場してすぐ、観客も共演者も聞き取れないような声でしゃべるところが可笑しかった。
    女中の久美子(徳元直子)が津軽弁で叱咤するのも可笑しくて、
    とても巧いシーンだと思う。
    この聞き取れないような声でしゃべる青年が後年自死した後、
    作家の元を訪れて語る場面が秀逸。
    この時は、出てきた時から“太宰治”以外の何者でもない風貌にまず驚き、
    打って変わってクールで明快な語り口に驚いた。
    才能を見出した篠井五郎自身が、最も怖れ嫉妬した作家だけあって、
    短いシーンながら観る者の心を一発でわしづかみにする。

    編集者原役の保倉大朔さんはじめ、周囲を固める役者陣の充実が素晴らしく
    作家の我儘に振り回され、私生活を詮索されることに激しく反発しながらも、
    その作品によって生活している人々の忸怩たる思いがじわりと伝わってくる。
    こんな風にアプローチされた檀一雄という作家の幸せを思わせる舞台だった。
    猫の会、次の作品が待ち遠しい。




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    2014/10/23 22:39

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