満足度★★★★
近いところを思い出す、ということを続けるつらさを引き受ける
僕たち日本人は、どういうわけか、「世界」に「進出」することを、脅迫的に追い求めながら、日本人であることを日々、忘れようとしている、世界的にも希有な人々だ。
井上ひさしさんの仕事は、ほとんど全てが、僕らに、日本人であることを思い出させようとする試みであるような気がする。
普通、こう書くと、歌舞伎とか落語とかの伝統芸能が出てきたり、日本語の美しさが出てきたりしそうだけれど、井上さんの場合、そういう、遠いところにはいかない。もっと、最近の話だとか、身近な話だとか、近いところの話をする。でも、僕らは、どういうわけか、井上さんの取り上げる、この「近いところ」だけを、意識的に、忘れようとしているようなふしがあって、その辺りだけが、空白のポケットのようになっているのに、そのことに、「意識的に」気づかないようにしているようなのである。