治天ノ君 公演情報 劇団チョコレートケーキ「治天ノ君」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    なぜ今「大正天皇」か
    文句無しに今年のベスト3に入る作品。
    大正天皇の皇后を狂言回しに3代の天皇が描かれる構成、
    厳選された台詞、例によって役が憑依したかのような隙の無い演技、
    大きな世界観を持ちながら繊細な感情を丁寧に掬う演出、全てが素晴らしい。
    なぜ今「大正天皇」なのかと思っていたが、その答えがあまりに鮮やかに示されて
    自分の知識の無さに打ちのめされつつ劇場を後にした。
    登場人物一人ひとりの誠実さや無念さが押し寄せて、まだ冷静になれない。
    政治的なことより、大正天皇という人物に寄り添ってみたいという
    何か作者の温かい気持ちが作品にあふれているのを感じる。


    ネタバレBOX

    劇場に入ると踏んでいいのかどうか一瞬ためらうような
    赤いじゅうたんがひとすじ敷かれており、
    その先は舞台下手側、3段ほど上がった所にしつらえた玉座に続いている。
    ドレープを寄せた厚いカーテンが下がるだけのシンプルな舞台。
    厳かな光に玉座が浮び上る。

    冒頭ここに座るのは明治天皇(谷仲恵輔)である。
    天皇は畏怖されるべき存在で人情など不要、と説く明治天皇にとって
    純粋で優しい大正天皇は“資質が及ばない、その次の天皇までのつなぎ”と映る。
    大正天皇(西尾友樹)の進取の気性を愛し、彼を支える有栖川宮(菊池豪)、
    四竈(岡本篤)、首相の原敬(青木柳葉魚)たち。
    そして皇后節子(松本紀保)は最後まで彼を敬い、寄り添う。
    しかし時の政治家牧野(金成均)、大隈(佐瀬弘幸)らは大正天皇の能力を認めながらも、
    今この国に必要なのは先帝、明治天皇が唱えた天皇像だという考えに傾いていく。
    そして生来病弱だった大正天皇が脳病を患ったのを機に一気にその動きは加速、
    大正天皇の意思を無視して皇太子ヒロヒト(浅井伸治)が
    摂政(天皇に成り変わって公務を取り行う役職)となることを強行する。
    やがて時代は「殖産興業」「富国強兵」という
    明治のスローガンが復活したかのように転がり始める…。

    「治天ノ君」がフィクションであることを踏まえながらも
    史実の行間をよくぞここまで豊かに創造したと感嘆する。
    誰ひとりとして無駄な台詞はなく、責任ある立場とそれ相応の複雑な心理を抱えている。
    中でも大正天皇の何と魅力的な人間像だろう。
    結婚の際、皇后節子に「仲の良い夫婦とはどのようなものか」と問い
    「一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に怒る」ものと聞いてその通りにしようと答える。
    大正天皇が明治天皇に向かって言う
    「わたくしは不詳の息子でありますが、たゆまず努力します」
    という言葉は「父と呼ぶな」と言われて育った孤独な人生そのものだ。
    奢らず人に教えを請い、素直に人の意見に耳を傾ける大正天皇は
    現在の“新しい皇室”を先取りするかのような人物として描かれている。

    一握りの閣僚が「自分が泥をかぶっても大日本帝国を導かねばならぬ」などと言うのが
    “臣民”にとっていい迷惑であったことは、歴史の結果を見れば明らかだ。
    時代の流れと閣僚たちの思惑に翻弄された47年の生涯は
    あまりに口惜しく無念の連続であり、それが病の元凶だったのではないかとさえ思う。

    その大正天皇を側で見守り続けた皇后節子が、地の文を語るというかたちが秀逸。
    節子による「~だった。~なのだ。~であった。」という書き言葉の語りが
    硬質な物語に相応しく、冷静に状況を見つめていた彼女のスタンスにも合っている。
    摂政となり、さらに喪中にも関わらず明治60年祭を催して
    急ぎ“大正時代”を消去しようとする息子ヒロヒトに節子が語りかける。
    「あなたは父上を二度葬るおつもりですか」と。
    実際の死と、歴史上の死とをめぐる、決定的な親子の決別の場面だ。
    決して激せず、常に美しいことばと発音で優雅に話すこの賢明な皇后を演じる
    松本紀保さん、単語の最後の響きにまで神経の行き届いた発音と
    生来の気品あるたたずまいが素晴らしく、舞台全体をけん引する。

    大正天皇を演じた西尾友樹さん、脳病(多分脳いっ血の後遺症とも言われる)を
    患ってのちの言語の障害など、難しい表現が痛々しいほど上手い。
    皇后との会話など初々しい場面も素晴らしく、のちの悲劇的展開が一層哀しく際立つ。
    己を知りつつさだめを受け入れてひたむきに努力する、日本一孤独な男が素晴らしい。

    後に侍従として仕えた四竈を演じた岡本篤さん、“誠実”と言う言葉が似合いすぎ。
    不自由な口で軍歌を歌う大正天皇に合わせて歌うところ、思い出しても涙がこぼれる。
    これほど万感の思いがこもったお辞儀を、久しぶりに見た気がする。

    明治天皇役の谷仲恵輔さん、これまで拝見したどの舞台よりも(と言っても4~5回だけど)
    その声がコントロールされ、役と台詞に活かされていたと思う。
    あの時代を象徴する素晴らしい明治天皇だった。
    立ち姿、お辞儀をはじめ全ての人の所作が美しく、重厚な舞台だった。

    「現人神」だの「天皇機関説」だの「象徴」だのと様々に言われて来たが
    結局はその時々よって“利用法”が変わってきたということなのだろう。
    現人神をも利用して国を動かす、げに政治家とは怖ろしく野蛮な人種だ。
    「アベノミクス」とか言ってケムに巻かれていると、いつのまにか
    「ウミノモクズ」となってしまいそうな気がする。

    くり返す歴史の辻に立って、演劇の力というものを考える時
    必ず思い出す1本になるであろう舞台だった。
    制作に関わる全ての人々に感謝と敬意を表したいと思う。
    ありがとうございました。


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    2013/12/20 03:29

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