ショウジさんの息子 公演情報 渡辺源四郎商店「ショウジさんの息子」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    ここでしか作れない、「生」と向き合った会話劇
     舞台は80歳になる老人・正治(ショウジ)とその義理の息子・真佐彦が2人で暮らす家の居間。壁や家具などのほぼ全てが、コンパネや角材などのおそらく廃材であろう木材でできています。無造作に打ちつけられたような、不器用に組み重ねられたような家具の佇まいがいとおしい。

     ごく普通の人々の日常を描く現代口語劇で、役者さんは実年齢に近い役柄を自然体で演じます。いわゆる“静かな演劇”というジャンルに入る作品です。現代日本で「生きる」ということについて、真っ直ぐ目をそらさずに向き合った戯曲でした。登場人物1人1人を愛情いっぱいに見つめる視線も感じました。

     舞台の上にいる人たちご自身の優しさ、大らかさが体に染み渡るように伝わってきました。青森の方言が話されているからだけでなく、この空気はこの人たちにしか作り得ないものだと思いました。

     作・演出の畑澤聖悟さんが演じるローカル芸人と彼の弟子のカップルは、ちょっと元気が多い目に演技をして、空気をパっと変えるスパイスのような役割を果たしていた気がします。初日だったせいもあるかもしれませんが、少々ぎこちない印象でした。

    ネタバレBOX

     はじめのシーンで、ノートを持った真佐彦が電話をかけたのは介護サービス会社(に順ずるもの)だとわかりました。私も介護していた経験があるので、ノートと電話のセットを見ると胸にズキンと来るんですよね。そして真佐彦の病気がどんなものかも(若年性アルツハイマー?)その時点で察しがつきました。だから、正治と酒屋の純平が真佐彦にお見合い相手・由香里を紹介するシーンで、早々と涙がこぼれ出てしまって大変でした(苦笑)。

     正治は真佐彦にこれからずっと一緒に暮らしていくお嫁さんを、真佐彦は自分が居なくても正治が生きていけるように老人ホームを、それぞれにプレゼントすることになります。親しい者同士が小さな食卓を囲む幸せな時間のはずなのに、善意や希望が徹底的にすれ違い続けます。素朴で素直な笑いが散りばめられるので、より一層悲しみが際立ちます。

     一度は意地になって老人ホームに向かった正治ですが、すぐに戻ってきて真佐彦に「一緒に暮らしたい」と頭を下げます。誰かを求める気持ちがあふれて出て、なりふりかまわずに起こしてしまった行動は、不恰好だからなおさら美しいんですよね。ひたむきさに胸打たれます。

     真佐彦が病気のことを告白すると、正治は思わず「(病気は)治るよ!」と叫びますが、真佐彦も観客も、もしかすると正治もそれが叶わないことを知っています。そして、何も言わずに寿司をほうばる男2人。食べるという行為は生きることそのものです。何の解決もなく、明るい未来も見えない結末ですが、そこには今、生きていることを肯定し、愛する覚悟がありました。人生はそんな「今」の積み重ねなのだと思います。

     真佐彦が元ローカル芸人という設定は初演とは違うそうです。由香里が真佐彦のファンで、彼が出ていたラジオ番組を聴いていたというエピソードも新たに書かれたのですね。実際に80歳でいらっしゃる正治役・宮越昭司さんの圧倒的な存在感は言うまでもありませんが、私は由香里役の工藤由佳子さんの正常なのか異常なのかが一見はわからない、不安定で危なげな声とまなざしにも惹かれました。

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    2008/06/10 02:45

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