観客も正解をだせない「味噌汁の具材」
『東京セレソン•デラックス』が解散したのは昨年12月だった。
「新しいステージ」のための決断らしいが、それが『TAKUMA FESTIVAL JAPAN』とは一体、誰が考えただろうか。
吉祥寺のシェア•ハウスで繰り広げられる「ハートフル•コメディ」は、家族だとか、恋人だとかを「本当に大切に想う」ことの難しさを 教えてくれる。
味噌汁に例えよう。
Aさんの好物である大根を入れれば、Bさん の好物である“ワカメ”を入れることは出来ない。
Aさん、Bさん両方の好物も採り入れるには、Cさんの好物である味噌汁を あきらめ、シーザーサラダへ料理を変更しなければなるまい。
味噌汁の中の具材問題を突き詰めていくと、国家予算すら等しいテーマ性が浮かぶ。そして、その苦渋さは、「生死」や「未来」が交われば、誰も「本当に大切に想う」ことの正解を答えられない。
主宰の宅間孝行氏は誌上、「東京ディズニーランド」に負けないエンターテイメントを目指す旨、語った。この思想が、芝居中の「撮影タイム」だったり、終演後の「ハイタッチ」に つながっている。
『ミュージカル•テニスの王子様 』の出現で、「宝塚のファンが一時、取られた」声を聴くと、ファン•サービスを 怠る 劇団は いずれ滅びゆくのかもしれない。
『TAKUMA FESTIVAL JAPAN』の特筆すべき点は、金銭を求めないで舞台+のエンターテイメントを追求する姿勢だろう。撮影も、ハイタッチも、原資は0円である。
多くのイケメン劇団がリピーター券 等 購入した観客のみを撮影会やハイタッチ会の対象にする状況は、見方を変えれば売上第一主義に他ならない。最前列のブロックを「特別席」と称し、ポスターやパンフレットを与えるシステムも同様だ。
『TAKUMA FESTIVAL JAPAN』の『FESTIVAL』は つまり、こうした現状を刷新して劇場空間そのものを「お祭り会場」化する試みである。お祭りの 伝統的な姿は住民を区別せず誰しも参加可能のはず。
古い慣習を打ち破れない劇団、売上第一主義に固執する劇団に一石投じる御輿だ。