音楽家のベートーベン 公演情報 ダックスープ「音楽家のベートーベン」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    ナンセンスは時空を超える
     面白い。
     ナンセンスコメディを観ていると無意味の連続に食傷してくることがままあるが、本作は現実原則に支配されないナンセンス劇の利点が生かされ話が時空を超えて展開するため、シーンがどんどん切り換わって飽きることがなく、最後まで楽しく観られた。

    ネタバレBOX

    何せ時空を超えて、それどころか現実と幻想の垣根さえ飛び越えて話が展開するので、18世紀のヨーロッパで幼少期のベートーベンがピアノの猛稽古をしたり、現代日本のフリーター青年の家にモンゴルからアイデアが届いたり、世代も性別も様々な現代の日本人がある場所に集められて“人が人を裁くことの意味”について黙々と考え、結論に至った順に弁当をもらって帰ったり、本作にはそれこそ色んなシーンが登場し、シーンごとに色んなタイプの笑いが楽しめるのだが、笑いながらも唸ってしまったのが常識の恣意性をあぶりだして可笑しみを生み出す現代日本の(と念のため書いておきます(笑))ラーメン屋のくだり。
     常連客の主婦に家族の事故死を知らせる電話が入り、涙にくれていると、しばらくして「生き返った」との報。病院は生死の境をさまよう家族の容態をその後も小まめに伝えてきて、やがて家族は事切れるが、主婦は死んだり生き返ったりを繰り返して絶命した家族が再び甦ることを祈って「また生き返ったら伝えてくれ」と依頼。ほどなく「また生き返って、死んだ」と告げられた主婦は大いに呆れ、「けっきょく死んだのなら連絡は省いていいです…」と力なく言って電話を切り、その報を最後に家族は帰らぬ人となるのだが、注目すべきはこのくだりで二種類の常識が相克していることだ。
     一つは、“起きたことは小まめに伝えるべし”という常識。ビジネスの世界で“報告・連絡・相談”を略した“報連相(ほうれんそう)”という言葉が幅を利かせているのは誰もが知る通りで、面倒がらずに現状を逐一伝えることは世の中の広範な領域で“良きこと”とされている。
     もう一つは、“人の生き死にを軽々しく扱うべからず”という常識。死が確定して動かぬものとなる前に死んだの生き返ったのと小まめに報告して病人の家族を一喜一憂させることはこの常識に抵触する。
     この場合、大多数の人間は後者を前者の常識に優先させるのだが、一種の迷惑電話をかけ続けてきた病院関係者は前者の常識を後者よりも重んじたわけである。
     主婦はあくる日もまた常識の優先順位を知らない者に往生させられる。
     前日に引き続きラーメン屋を訪れて家族の死のショックからおいおい泣いていると、店に居合わせたある男が涙する主婦を不審がるのだ。
     前夜も主婦とともにラーメン屋におり、主婦が家族を亡くしたことを知っているはずの男は彼女が泣く理由(わけ)を解さず、「どうして泣くの?」と再三尋ねて彼女を鼻白ませる。
     ここにも二つの常識の相克がある。
     一つは、“近親者の死をはじめショッキングな出来事を体験した者は日をまたいで泣くこともありうる”という常識。
     もう一つは、“人間の喜怒哀楽は現在進行中の出来事によって引き起こされるものだ”という常識。人がテレビを観て笑うのはテレビの中で“今まさに”可笑しなことが起きているからであり、人が悲しむのは“今まさに”悲しみを喚起する出来事が起きているせいだというわけだ。
     男にあっては2つの常識のうち後者が優先される。ゆえにこそ、悲しいことが“今現在は”起きていないラーメン屋で主婦が泣くのを理解できないのだ。
     このように2つの常識がかち合う場合、どちらが優先されるべきかは慣例に照らして適宜判断されるのだが、通常とは逆の判断が下された場合にどんな事態が起きるのかをラーメン屋のくだりにおいてブルー&スカイは描いてみせたわけである。
     むろん、どちらの常識が優先されるべきかは慣例といういささか頼りないものに従って決められるばかりで、絶対的な判断基準というものは存在せず、その意味で常識なるものは多分に恣意的なものだと言わざるを得ない。
     よりにもよってTPOにそぐわないほうの常識が幅を利かせるこんな“もしもワールド”を描こうという発想はこのあやふやなる常識というものをその外から冷めた目で眺める視線を備えていないと出てこない類のもので、常識にすっかり呑み込まれているバルブはそのような視線を備えるブルー&スカイに畏敬の念を抱きながらこのラーメン屋のくだりを大いに満喫したのである。
     これほど良く出来たナンセンスコメディに出会えただけでも幸運なのに、加えて本作には延増静美という美しすぎる女優が登場。このタイプのお芝居にここまで綺麗な女優が出てくるとは思いもよらなかっただけに、バルブの喜びはいかばかりだったか!
     しかも見目麗しい彼女が美女らしく優雅に演技をこなしながら真顔でボケるのだから、ギャップも手伝い、バルブはその美貌に見惚れながらも大笑い!!
     美女を見ながら笑う。
     男にとって、これ以上の幸せが果たしてあるだろうか!?

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    2013/08/20 21:26

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