負傷者16人 -SIXTEEN WOUNDED- 公演情報 新国立劇場「負傷者16人 -SIXTEEN WOUNDED-」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    誰も過去からは隠れる事も逃げる事も出来ない
    「輪廻」…ともいうべきなのでしょうか。
    過去に虐げられてきたユダヤ人がひとたび虐げる側に回れば
    以前自分達を苦しめてきた者たちと同じこと、いや、実際に
    現在進行形で抑圧を受けている者にとってはそれ以上の
    残酷なことをしてのけてしまう。

    しかし、いつまでも虐げる・虐げられる者の関係が変わらないとは
    誰もいえないのです。かくして、負の連鎖は終わることがない。

    その永遠にも続くように感じられる関係性が、主人公であるユダヤ・
    パレスチナ人二人の関係性にも重ね合わされていると思えるところが
    素晴らしくよく出来た演劇作品だな、と強く感じました。

    ネタバレBOX

    「イスラエル-パレスチナ問題」は多くの人々を巻き込みながら、未だ
    解決の糸口が見えない難問の一つですが、ここ日本では地理的な
    問題もあって、その重大性がいまいち伝わっていないきらいがあります。
    だからこそ、この作品が上演される意味がある。

    アムステルダムでパン屋を営むハンス。
    とんがった感がありありのパレスチナ人青年のマフムード。

    人を避けるように、人目から隠れていくように生きている、序盤から
    何だかいわくありげな二人ですが、物語が進むにつれて暗い過去が
    暴き出されていきます。

    恐ろしいのは、彼等が体験し、忌み嫌ってきた過去が、二人の「現在」まで
    縛り、規定し、ある種「アイデンティティ」にまで成長してしまっている事です。

    幼少時に、強制収容所で過ごし、対独協力者として生き残り、その後
    盗みに入ったパン屋で偶然にも拾われる事になったハンス。

    同じく幼い頃から、占領下のパレスチナで生まれ育ち、虐待を受け続け
    長じてからバス爆破事件で死傷者を出すような事態を引き起こし、
    アムステルダムにまで逃げてきたマフムード。

    ハンスは、刺されて倒れていたマフムードを見て、これは自分がかつて
    受けた「借り」を返さなければいけない時だ、と思ったと言いましたが、
    私はそれだけでなく、マフムードの中に自身と同じ「匂い」を敏感に
    感じ取ったからじゃないか、と今では少し考えています。

    「過去」が二人をその他大勢の人達から遠ざけ、孤独にし、そして
    マフムードに至っては「自爆テロ」(自身が起こしたバス爆破事件が
    結果として彼のその後を縛り、死ななくてはいけない、という結末まで
    招き寄せたのは確かだと思います)という形で、

    新しい命を間近に控えた家族までかなぐり捨てて、人生の幕を下ろして
    しまった、という結果を知るにつれ、積み重なった過去の重み、そして
    そこから人は逃げる事も隠れる事も最終的には出来ない、という現実まで
    突きつけられたようで、

    黒く染まっていく舞台を見つめながら、憂鬱な気持ちになりました。

    そして、そういった人々の「死の記憶」「死の過去」を業のように背負った
    イスラエルとパレスチナが果たして和解を選べるのか、よしんば
    赦し合えたとしても、お互いの過去に向かっていけるのか、その今後を
    考えるにつれ、また同時に暗い見通ししか出来ないのです。

    それだけにラスト直前、一晩だけではありましたが、お互いがついに
    直前まで消す事が出来なかった「ユダヤ人」「パレスチナ人」を遂に超えて
    「人間の友人」としてお互い通じあえた場面に、私は希望をおきたいと
    思いたいのです。

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    2012/05/03 07:12

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