Takashi Kitamuraの観てきた!クチコミ一覧

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ミュージカル『スリル・ミー』【4月25日(日)~5月2日(日)公演中止、大阪公演中止】

ミュージカル『スリル・ミー』【4月25日(日)~5月2日(日)公演中止、大阪公演中止】

ホリプロ

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2021/04/01 (木) ~ 2021/05/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

最初、長身のニーチェの超人思想にはまった主犯(山崎大輝)が「私」かと勘違いした。実は、彼のいうことを聞かされていた、背の低い大人しい男(松岡広大)が「私」。ピアノ一台の伴奏が効果的で、次第に犯罪にのめりこみ、発覚の恐怖、そして裁きと、一連の緊張がずっと持続する。歌は山崎に「かれ」の方がうまかったが、松岡の歌の必死の想いも味があった。二重唱になると迫力がある。

ネタバレBOX

最後のどんでん返しは、アッと、思った。やられた。ここがこの劇が上演され続ける秘密の鍵がある。良い芝居は、劇中で大きな落差を実現して見せて、観客の常識を揺さぶるものだ。
白昼夢

白昼夢

森崎事務所M&Oplays

本多劇場(東京都)

2021/03/20 (土) ~ 2021/04/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

赤堀雅秋の芝居の登場人物はみんなどこか病んでいる。40代ひきこもりの次男の荒川良々が「もう面白いことないから死にたい。隣の小学校の子供を殺して、死刑になる」「昨日思いついた」と大真面目に言い出したり、父親の風間杜夫が若い吉岡里帆に「胸を見せて。さびしいんだよ」と頼み込んだり。「えっ」と思う場面が多い。それで話がどうなるかというと、場面転換後は、そんなことなかったかのように普通に次の話になってる。ここらへんの割り切りもシュールである。

テーマ、メッセージよりも、その場面の意外性と人物の存在感が秀逸であった。

支援者の二人が来ず、親子3人だけになることが一度だけある。互いに「誰もいないのか」とかいうだけで、何も話すことがない。男3人ならありそうなシーンで少し怖かった。女3人ならこうは絶対にならない。

ネタバレBOX

吉岡里帆はまともそうなのに、なぜか、いつの間にか長男の三宅弘城と不倫になってる。彼女もまたちょっとおかしかった。それでいて、次の場面では三宅と「お久しぶり。今度結婚するんです」と平気で話し、三宅のほうが未練ありそうだった。

三宅も会社にも行かず、家にも帰らずに妻から心配され、行き詰まっているようだが、最後は会社も順調という。この三宅のバックボーンがどうなっているのか、が最後まで謎だった。
ミュージカル「アリージャンス~忠誠~」

ミュージカル「アリージャンス~忠誠~」

ホリプロ

東京国際フォーラム ホールC(東京都)

2021/03/12 (金) ~ 2021/03/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

知られざる戦争中の日系人の苦悩を、多彩な音楽で彩られた、ヒューマンな家族ドラマで描いた優れた芝居。戦争中、アメリカへの態度を巡って喧嘩別れになった父と子、姉と弟の、死を超えた最後の和解はやはり感動的である。日系俳優のジョージ・タケイ(TVシリーズ「宇宙大作戦」のカトウ役、1937年生まれ)の子供の頃の収容所体験を伝えたいという企画でスタートし、ブロードウエイでの初の日系人収容所を描いたミュージカルになった。

砂漠の中のハードマウンテン収容所が舞台。ここは、10箇所あった全米の収容所の中で、唯一、徴兵拒否運動が起きたところだそうで、芝居の中ではその話も出てくる。
現在、老人になったサミー(上條恒彦、戦争中の祖父カイトと二役)のもとに。長く会っていない姉の訃報が届き、戦争前を回想する。

冒頭の開戦前の盆踊り、いただきがハート型?という禿山を望む壁とオリでできた収容所、カイトが志願した戦場など、大舞台いっぱいに迫力ある場面がいくつもある。日系人部隊編成の事情も、知らなかったが、よくわかる。忠誠を試すとして、危険な任務をいつも割り当てられ、多くの負傷者を出して「パープルハート部隊」とよばれ、アメリカ史上、最も奥の勲章を受けたとは。wikiによると、日系二世33000人が参加し、9486人がパープルハート章(名誉戦死傷章)をうけた。

戦場場面は、敵の弾幕の中に突っ込んでいき、次々兵士が倒れる。壮絶であった。
一方、原爆投下シーンもある。ここでは静かで悲しげな「凍てついた」を歌う中、ステージ中央奥上の強力ライトが、客席を眩しく照らす。抽象的な演出だが、ブロードウエイでも同じようにこの場面あったのか? あったなら、それだけでも勇気あることだ。原爆投下、核兵器への批判はないにしても。あるいは、これくらいは米国でも普通なのか?

ワシントンDCで、ロビー活動をしたマイク・マサオカ(今井朋彦)のことも知らなかった。忠誠心情緒を作り、日系人舞台を作た。戦後、「私のしたことはこれで良かったのか」と迷う言葉がある。日系社会の中では多分、彼への批判もあっての悩みだろう。でも「私のしたことは日系人のためだったと歴史が判断するだろう」と、弱々しげだが最後、結論する。実際の本人も多分そう信じていただろう。自分のおかげで多くの戦死者を出したとしても。実際、マイク・正岡は日系人社会で大変有名だったようだ

「ガマン」という曲(原題も)が鍵になっていて、ガマンの言葉が耳に刻まれる。日系人が収容所でじっと耐えたときの励みになった言葉だが、今あまり流行らない言葉だ。ちょっと複雑な気持ちがする。ガマンはいいことか、悪いことか。

ネタバレBOX

サミー(海宝直人)が志願した後、収容所で姉ケイの恋人スズキは徴兵拒否運動に取り組み、逮捕・拷問を受ける。カイトから家族を頼まれていた白人看護婦(ハナ)は、スズキをかばおうとして、誤って警備兵に撃たれて死んでしまう。

戦後、家族のいるロサンジェルスに復員したサミーは、そのことを知り、家族と絶交して去っていく。もともと彼は、弁護士になってほしいという父の期待に背き、自分を生んで母が死んだから、小さい頃から父に愛してもらってないとおもっている。たぶん、父親にも複雑な思いはあっただろうが、父はあまり愛情を表に出さない明治の男なのである。

そして現代。姉の葬式にでかけたサミーは、そこで父と姉が自分の残した思い出の品を大事にしていたと知って、涙する。そのサミーをだき締めたのは、姉の一人娘だった。(幕)
モダンボーイズ【大阪公演中止】

モダンボーイズ【大阪公演中止】

パルコ・プロデュース

新国立劇場 中劇場(東京都)

2021/04/03 (土) ~ 2021/04/16 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

戦前左翼崩れの浅草レビュー作家の話ということで、太宰治と井上ひさしを合わせたようと思ったら、モデルの作家は実在した。菊谷栄。舞台では、何度も上演した代表作「伝令兵」の、恋人の戦地での無事を祈るセリフが、日中戦争近づき削られる。時期はさておき、実際にあったことではないか。

加藤シゲアキ演じる左翼学生矢萩奏(かなで)が、菊谷のおかげで音楽、演技の才能を開花させ、人気俳優になる。最初に歌うMy Blue Heaven は鳥肌ものであった。でもこれは左翼でなくても、例えば詐欺や押し売りからの転身でも成り立つ、と思っていたら、そういう展開も出てきて驚いた。

新人女優が先輩のいじめと、認められての仲間入りというイニシエーションを受けるのも、軽い洒落た演技でよかった。
前半80分、後半90分、
休憩20分込み3時間10分だが長さを感じなかった

ネタバレBOX

奏が、昔の活動の先輩の「革命の炎を忘れたのか」と言われて、迷いを吹っ切って反論する。「劇場は奇跡が起きる場所。僕はここに命をかける。これが僕の戦いだ」と。井上ひさしにも通じる演劇人の志がある。この点はヤクザと左翼の違うところ、人々の心を動かす点で、左翼活動と演劇は親和性がある。ただ少々説教っぽい。井上ひさしがどう語ったか調べたい。

客席はジャニーズファンの女性が9割。志ある作品だが、見せる相手が違う気がする。踊り子たちの、ここに来るまでの苦労や、「女性が稼ぐには体売るしかない」というセリフもあるにはあるが、添景という程度。何を受け止めているだろうか。
雪の中の三人

雪の中の三人

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2021/03/16 (火) ~ 2021/03/30 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

貧乏人の格好をした億万長者が、高級ホテルで見事冷遇され、最後は追い出される。でもほかでは得られない「友達ができた」。友達は、億万長者と勘違いされた貧乏な青年。青年の恋愛の行方まで絡んで、出来過ぎなくらい出来過ぎのハッピーエンド。ケストナーってこんなに甘い作風だったかな?と思ったけれど、厳しいナチス政権下だからこそ、明るい芝居を作ったのかもしれない。

ヒルデ役の佐藤礼菜の可憐さ、上流夫人役の瑞木和加子、安藤みどりの弾けたコミカルな演技がよかった。召使役の加藤頼も、板につかない富豪役から、召使に「仮装」するとイキイキするあたり、見事だった。

ネタバレBOX

狭い稽古場公演だが、手動の周り盆のある舞台を3方から客席が囲む形だった。
Don’t say you can’t

Don’t say you can’t

一般社団法人グランツ

駅前劇場(東京都)

2021/03/24 (水) ~ 2021/03/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

知的障害者施設を舞台に、他人の支えなしに生きられないことは「罪」なのかとじんわり語りかけてくる。1964東京五輪・パラリンピックの立役者・中村裕医師の史実もストレートに織り込んでいた。障害者が社会復帰の自信を持つために、医療よりもスポーツが力になると、障害者スポーツを広めていった人。道を切り開いた当時の選手のドラマも劇中劇で演じて、素直に感動した。

障害者の娘に「厳しくしてください」と執拗に施設に求める母親。その心中は「この子は自分で自分を守らないといけないから」という親の思いも切実に分かる。施設で働き始めるシングルマザーと、事故で車椅子生活になった元彼氏の再会のストーリーが、この芝居をいわゆる「障害者もの」に終わらせていない。ぐんと幅広い作品にしている。ふたりはかつて演劇仲間で、この再会が新たな演劇への情熱をうみ、障害者たちによる芝居作りへとつながっていく。演劇愛がこめられた展開だ。そこに娘の出生の秘密、シングルマザーとして生きていく決意を後押ししてくれた曽祖父のこと、など心に訴える場面も絡んで、本当によくできた舞台だった。

2020東京五輪・パラリンピックは開催できるかどうか不透明だが、たとえ今回できなくても、パラリンピックの意義は変わらない。

ネタバレBOX

知的精神障害者30人も参加する桜座のプロデュース公演だが、キャストとしては桜座のメンバーは出ていない。途中、64年のパラリンピックを解雇する場面で、周囲の黒壁に応援の落書きを多人数でワーッとかきまくる。そこで桜座の人も数人(日によって一人から五人)落書きに参加する。それをしらなかったので、障害者役のなかに本当の障害者がいるのだろうと思って見ていた。実際はプロの俳優だったわけだが、本物の障害者に見えた。さすがである。
チムドンドン~夜の学校のはなし~

チムドンドン~夜の学校のはなし~

劇団銅鑼

銅鑼アトリエ(東京都)

2021/03/18 (木) ~ 2021/03/29 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

笑いあり、涙あり、踊りあり、劇中劇あり、ついでに理科のお勉強とラジオ体操も、というなかなか豊かで活気ある舞台だった。沖縄の夜間中学に通うおじい・おばあと、本土から来たエリート教師、元優等生の少女をからめて、教育問題を考えさせる。そこからすすんで、卒業式に生徒(子供と老人)たちが演じる「新・桃太郎」で、お説教でなくポップにわかりやすく沖縄戦と基地問題まで描く。

卒業式の最後の場面は、客席ですすり泣きがもれた。おじいおばあたちの俳優がそれぞれに個性的で楽しそうで良かった。2時間35分(休憩10分含む)

ネタバレBOX

ラストに熟長が語るセリフが良かった。沖縄特有のスコールが激しく降ってすぐ止んだあと、「狐の嫁入り?」という言葉に対して「いや、おじい、おばあの涙だろう。涙で大地は潤うからな。その涙を忘れなければ(沖縄を再び武器のない島に、というおじいたちの願いは)届くさ」
昭和虞美人草

昭和虞美人草

文学座

文学座アトリエ(東京都)

2021/03/09 (火) ~ 2021/03/23 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

大変面白かった。漱石「虞美人草」の人物を70年代に置き換えて、ロック雑誌を作る青年と周囲の女性たちの、世俗にまけずにいかに「真面目」を貫くかを描いた。漱石作品の換骨奪胎が実に見事。「虞美人草」を読んでからいったので、一層楽しめた。藤尾が小野に入れ込む心理も、原作以上に納得できた。
「自分の中の第一義の部分で生きるのが大人」「世界を幸せにするのが本当の大人だ」「悲劇はなぜ人を真面目にするのか」「ここが真面目になるところだ」など、「虞美人草」のエッセンスがどこにあるかが、よくわかった。

「アントニーとクレオパトラ」のNY公演の挿話も、ひねりが効いていて、藤尾の屈折をよく照らしていた。藤尾役の鹿野真央が、女王様然とした表面の奥の悔しさ寂しさをよく示して好演。糸子役の平体まひろは、同じマキノノゾミの「東京原子核クラブ」に続いて良かった。70年代を直接生きたわけではないが、フォークソング「結婚しようよ」は個人的に懐かしく、嬉しかった。
クラシックな家具と、重厚な本たちに囲まれた書斎の美術が象徴するように、大変古典的ともいえるスマートで洒落た舞台であった。

ネタバレBOX

公演パンフに内田樹が書いている。漱石の書こうとしたのは、当時の青年たちに、どうやって成熟するか、大人になるかの道筋を示すことだと。「虞美人草」は「青年になる正しいやり方」を示した教育的小説なのだと。「虞美人草」というと、失敗作といわれ、藤尾という高慢な女性が一人目立って見える。その作品に、違う読みを示して秀逸。マキノノゾミの脚本もその観点から書かれている。

原作では藤尾は破談にされた屈辱から憤死してしまうのだが、流石にそれは無理がある。今回の芝居では、結末が変えてあって、この方がずっと良かった。
岬のマヨイガ

岬のマヨイガ

特定非営利活動法人 いわてアートサポートセンター

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2021/03/17 (水) ~ 2021/03/21 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

震災で大事なものを失った人たちの、気丈な姿を見ているだけで涙腺がゆるくなってしまう。t血縁のない三人の女性が、遠野のもののけたちの力をかりて、赤目と海ヘビから岬の人たちを守る物語。もののけたちの人形の造形や動きが素晴らしい。影絵も見事で、視覚効果に秀でていた。「私たちは大事なものはいまみんなあるから大丈夫。でもここの人たちは本当はこんなに大事なものをなくしていたんだ。それなのに私たちを助けてくれたんだ」の言葉が心に響いた。
竹下景子のおばあさんの昔話も味わいがあった。昔話のような座敷童やお地蔵さんも現れて、不思議なできごとが起きるお芝居にぴったりだった。

ネタバレBOX

最後は、アカメたちを退治して、心を奪われた人たちも目を覚ます。喋れなかったヒヨリも声を取り戻す。ゆいママが、きちんと離婚して、ヒヨリの身寄りにも同意を得て、本当の家族になろうというところで終わる。
岸辺の亀とクラゲ-jellyfish-

岸辺の亀とクラゲ-jellyfish-

ウォーキング・スタッフ

シアター711(東京都)

2021/03/06 (土) ~ 2021/03/14 (日)公演終了

満足度★★★★

万引きした女(白勢未生)と、映像関係のひも男(若杉宏二)他の脇役が良かった。部屋の住人である女性教師(南沢奈央)の都合はお構いなしに、自分の話ばかりして教師を振り回す。それでいて愛嬌があって、無碍にできない。「でてって」と言われれも全然平気なふてぶてしさ。で、ドラマを引っ張っていた。

とは言え、主役の南沢のオーラがあればこその舞台でもある。彼女の輝きがないと、2時間付き合うのは辛いだろう。特にまだ事件の始まらない前半は特に。

「岸辺のアルバム」をオマージュしたというだけあって、多摩川沿いに住む幸福な恋人たちの生活が、もろくも崩れていく展開。予期せぬ乱入者たちによってと思っていたら、意外にも女教師にもかつて教え子の進学希望を潰した黒い過去が明らかになる。エゴむき出しの教師の素顔。この落差が見事で、荒んだ生活のラストの南沢奈央は全然別人で「あれは教え子の方かな」と思ってしまった。

ネタバレBOX

ベランダで恋人とやった行為が盗撮されていたり、同僚教師が急に交通事故で死んだり、あと恋人が「行くあてがない」という元女生徒のキャバ嬢を急に「じゃあうちに来いよ」といったり、結構ジェットコースター。恋人は会社も、死ンダ先輩の葬式に会社が行かせてくれなかったと言って辞めてしまう。二ヶ月後に結婚式というハネムーンからの破たんは少々強引である。
藪原検校 やぶはらけんぎょう

藪原検校 やぶはらけんぎょう

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2021/02/10 (水) ~ 2021/03/07 (日)公演終了

満足度★★★

江戸時代の盲人の悪の一代記を、津軽三味線風ギターと、渋い弾き語りで演じる井上ひさしの傑作。今回は現代の汚れたガレージ街(渋谷をイメージしたらし)をバックに、エレキギター(益田ドッシュ)、川平慈英のDJ風弾き語りに換えた。それはいいとして、戯曲にある社会批判が弱まった。藪原検校(市川猿之助)の最期が、権力が民衆を踊らせるための生贄という恐ろしいアイロニーでなく、ただの悪の破滅になってしまった。

なぜかというと、「朝日」で大笹吉雄氏も書いていたが、塙保己市(三宅健)の存在感が小さかったことが大きい。しかも、松平定信(みのすけ)に藪原検校の処刑を進言する塙保己市の肝心かなめのところをカットしている。また、死んだと思われていたのに何度も蘇って、藪原検校に執着するお市(松雪泰子)も出てきたかと思うと、すぐ消えてしまう。もっとたっぷり藪原を苦しめないと、女の執念と藪原の業の印象が弱まる。

ネタバレBOX

実在の塙保己一を塙保己市に井上ひさしは変えた。もうひとりの重要な登場人物はお市。どちらも「市」でつながっている。その上、藪原検校の本名は「杉の市」。また「市」だ。市とは、人々が集まる場所、つまり民衆の存在するところ。役名にも井上ひさしは深い意味を潜めている。
いとしの儚

いとしの儚

劇団扉座

ザ・スズナリ(東京都)

2021/03/06 (土) ~ 2021/03/14 (日)公演終了

満足度★★★

前半は大袈裟な物言いや伝奇的設定についていけなかったが、後半、賭博に狂って儚さえも賭けてしまうあたりからよかった。博徒の業の深さ、愚かさと、儚の無垢なひたむきさが、不純物を捨て去った末に、浄化の悲しきも美しいラストを迎える。

鈴に儚が更生を説く場面は、ラスコーリニコフとソーニャのようであり、サイコロ勝負で自滅するのは、「賭博者」のよう。恋が水になる美女とは、人魚姫のようであった。

一両とか百両とか、何かと思ったら、この劇は明治以前の時代の設定。ただ衣装も小道具も現代なので、最初分からなかった。前近代の鬼や生まれ変わりが信じられた時代を背景とするということがわかれば、ストーリーもっとスムーズに馴染めるだろう。

儚役の藤間爽子さんが粗暴な幼児期からマリアのような少女期までを、演じ分けて、最後に真の強さまで見せてよかった。博打・鈴次郎の荒井淳史は出ずっぱりを熱演。ライバルのゾロ政…七味まゆ味さん、鬼の荒川シンペーが脇で光った。

開幕とともに穴だらけの白いビニールカーテンで舞台を前後に仕切って、ばめんにばめん重層的にし、ラストでカーテンを取っ払って、主演の二人を美しく照らした美術も工夫されていた。

ネタバレBOX

「水にはならない」と言って、花びらになるラストは、幻のような美しさであった。
日本人のへそ

日本人のへそ

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2021/03/06 (土) ~ 2021/03/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

60年代末の若さと闘争と性欲と…不定形のエネルギーを体現したような戯曲を見事に今日に生かした舞台だった。ただ舞台が猥雑であればあるほど、下り坂の現代の観客とはずれが起きる。これは今回含め、2010年以降の「日本人のへそ」しか見ていない私の実感。70年代はもっと客席も活気があって、第一部の下ネタギャグの連発に笑ったのだろうか。演じるのは非常に難しい作品だと、特に2010年のテアトル・エコーの見事に空回りした舞台を見て思った。

しかし後半第二幕のレズカップル、ホモたちの誘いのところは笑わせる。この同性愛ギャグは非常にうまい。でも井上ひさしには珍しい。一幕にストリッパー、異性愛のエロスと対照的。作り自体、歌たっぷりのミュージカル仕立ての一幕と、セリフ劇に徹した推理劇のような二幕と、2つ芝居を見たような充実度だ。

たっぷりの趣向は井上ひさしの原点であり、それまでの蓄積をぶちまけたような感じ。評伝劇、香具師の口上、風刺、弱者のルサンチマンなど、後年の傑作群につながるものも多々ある。

俳優も二幕がいい。小池栄子の代議士の妾の和服姿、朝海の秘書役のメリハリをつけた演技、井上芳雄の男にモテる焦りぶり。一幕のストリッパーを演じた女優陣の度胸も良かった。小池栄子のソロ舞台は、父に犯された過去の哀切ふくめ、上品なエロスで惚れ惚れした。

花樟の女

花樟の女

Pカンパニー

座・高円寺1(東京都)

2021/03/03 (水) ~ 2021/03/07 (日)公演終了

満足度★★★

評伝劇としては、真杉静枝がどのように生きたかはわかるが、なぜそのように生きたかを掘り下げるに至らなかった。松本紀保(松たか子の姉)は、静枝の喜怒哀楽と意地をよく演じて、さすがの貫禄を示した。しかし静枝が次々男を乗り換えたのはなぜか、逆に言えば男たちにモテたのはなぜか、戦後、慈善活動や被爆者乙女救済に力を注いだのは何故か、わからなかった。特に中山義秀が結婚後は静枝をじゃけんに扱うように変わってしまうが、何故なのだろう。
女だから、植民地台湾出身だからというのが後付けの理由のように見えた。
石原燃の新作に大変期待していたのだが、今回はあまりいい観客になれず、残念。

たぬきと狸とタヌキ

たぬきと狸とタヌキ

トム・プロジェクト

シアターX(東京都)

2021/03/08 (月) ~ 2021/03/12 (金)公演終了

満足度★★★★

母だぬきの岡本麗が緩急自在の演技で見事。優しいヘルパーだぬきの榊原郁恵も明るい雰囲気で良かった。終始笑いが絶えないホームコメディだ。最後に思いがけない深刻なドラマがあり、どうなることかと思っていても、どこか安心して見ていられた。
節目節目にのどかなナレーションが入る。「優しいたぬきは…」「五匹の動物は狼のおかげで出会えたのかもしれないと思いました」などなど。
変だなーと思っていると、これが絵本作家の娘だぬき(小林美江)の書いた絵本とわかる。自分の家族の揉め事をほんわか絵本にしたのだと。そう言われて、もう一度ナレーションを聞き直したくなった。休憩なし100分

ネタバレBOX

この芝居、実は大きな企みが隠れている。歩けない老いた母と、喋れない(自閉症?)の中年息子(カゴシマジロー)思っていると、実は生活保護をもらうための芝居。もう何年もやっているらしい。不正受給はやめさせて、自分が面倒を見ようと娘が久々に帰ってきた。
さらに、死んだ父親の残した本の間からヘルパーさんの娘時代の写真が出てきてさあ大変。ヘルパーさんとその母をこの父親が捨てて、母ダヌキと世帯を持ったという過去が明らかに。
ただし、この件、展開が意外すぎてしばしついていけなかった。ご近所コメディのリアリティを逸脱しているのは考えもの。でなければ、きちんと伏線が欲しい。例えば、最後にボケた母だぬきとヘルパーダヌキが「同じ岡崎ですね」と挨拶するが、これが最初の方にあれば、違ったと思う。
最後にもう一つ、歩けないふりしていた母が、本当に歩けなくなる(と、思いこむ)。アルツハイマーが進行していたことを息子が言い出しかねていたというオチまで。
絵本作家の編集担当という生津徹がボケ役で、また別種の笑いを添えていた。
帰還不能点【3/13・14@AI・HALL】

帰還不能点【3/13・14@AI・HALL】

劇団チョコレートケーキ

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2021/02/19 (金) ~ 2021/02/28 (日)公演終了

満足度★★★★★

日中戦争から日米開戦まで、どこで選択を誤ったのかを検証していく。珍しい知的社会派エンターテインメントといえる。歴史の検証を楽しく見せた戯曲・演出・俳優の軽妙な演技は素晴らしいものである。近衛文麿の目印をえんじ色のたすき(勲章?)に、松岡洋右は帽子を目印に、歴史上の人物を違った役者(登場人物)が入れ替わり立ち代わりして演じる。おかげで変化が生まれて全く飽きなかった。ただ、近衛文麿と松岡洋右の責任が大きいとするのはどうか? わかりやすいが、零れ落ちるものも多い気がする。ただ、東条英機を主犯のように扱う俗論ではなく、一つの歴史の見方として説得力があった。自分でも調べてみたい。

加藤陽子『とめられなかった戦争』と日中戦争と日米開戦はダブルが、その途中、日独伊三国同盟や南仏印進出はあまり考えていなかったので、ここは発見であった。
加藤陽子は満州事変までさかのぼっているし、わたしがかつてこの問題で記事を担当したときは対華21か条の要求までさかのぼった。日露戦争の勝利や、明治維新にまでさかのぼる人もいる。奥の深い問題だが、あまり「歴史の必然」ばかり考えると、ありえた別の道が見えなくなるのは注意。

1941年の「総力戦研究所」の模擬内閣は史実。そこに注目した発想が面白い。その史実から発想して、日中戦争からの歴史の検証に広げたのが古川健氏の工夫である。

ネタバレBOX

前置き的場面で30分、戦争の検証劇で1時間。残りをどうするのかと思っていたら、書記官長だった岡田(岡本篤)が「俺たちは負けるとわかっていたのに、(戦争を食い止めるため)何もしなかった」と号泣する。死んだかつての仲間も、その罪の意識から死に急いだとわかる。この問題提起にはうなった。そこまで考えるかと。

しかし現実はどうか。政府内部や敗戦を予想した人間で「何もしなかったこと」に罪悪感を持った人間は実際にはいなかったのではないか。そこに個人の責任意識の希薄な日本人の精神風土を思う。何もしなかった、というより、戦争に心ならずも加担したことを悔いた人物としては、鶴見俊輔、むのたけじ、三浦綾子が思い浮かぶ。鶴見俊輔は「何もしなかった」ことをもっとも悔いた人間ではないだろうか。
子午線の祀り

子午線の祀り

世田谷パブリックシアター

KAAT神奈川芸術劇場・ホール(神奈川県)

2021/02/21 (日) ~ 2021/02/27 (土)公演終了

満足度★★★★

従来よりも上演時間を短くし(休憩込み3時間)た。カットは役にも及び、出演者を31人から17人にしたという。全文上演は4時間半。これまで多少カットしても4時間近かったことから大幅にスリムにした。スピーディーでありつつ、テーマもクリアになってよかった。非情な天の動きは「人の世の営みとはかかわりもないこと」なのか、という知盛の問いに対し、影身が関係ないとはいわず、ただ「非情なものに、しかと眼をお据えください」というせりふの微妙なニュアンスがよくわかった。

舞台中央に傾斜した三日月形の高い舞台を作り、その中央の空間を、時に船内に、時に海面にと、いろいろに見立てた。冒頭のナレーションから影身(若村真由美)はずっと後ろ姿で舞台に立っているし、三幕ではずっと、背景にろうそく?を持った影身の姿が見える。四幕の合戦では、中央の知盛(野村萬斎)の後ろに背後霊のように民部(村田雄浩)がずっといる。公演プログラムのインタビューで、萬斎が影身と民部の存在感を高めたいと述べていたが、それをわかりやすく示した演出だった。宗盛(河原崎国太郎)の無能な善人ぶりもクリアで、彼のだめぶりの場面では必ず笑いが起こった。「子午線の祀り」の笑いは貴重である。

知盛はハムレット、対する源義経(成河)はドン・キホーテである。平家方の知盛―民部の主従・対立関係と、源氏の義経―景時(吉見一豊)の関係が対比されている構造もよく分かった。戯曲をスリム化した効果だと思う。

この作品を見るたび、結局、人間は自然の法則・歴史の法則には逆らえないのかという諦念を感じ、作者の意図をどう受け取めればいいのか困ってしまう。今回も一層そう思った。

ネタバレBOX

客席は市松模様の50%だった。
マニラ瑞穂記

マニラ瑞穂記

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2021/02/19 (金) ~ 2021/02/24 (水)公演終了

満足度★★★★

前半でまず状況と人物を立ち上げて、後半になって事件が次々起きて面白くなる。フィリピン独立派がアメリカ軍に敗れた1898年のマニラが、戦後の焼け野原の東京と重なるようなセリフがある。「日本人は熱狂するのが好きで、言葉に酔いやすい」「金だけじゃない、文化も何もかも敗れたんだ」等と。若いアメリカ兵にすがる日本人女性など、戦後のパンパンを思わない人はいないだろう。

第三場の領事館に場面変わって、さらに舞台の深みがます。カラユキさんの女性5人のなかに二人、男性登場人物と片思い関係にあるところなど、「かもめ」っぽい。前半ではその気配がなかったが、男女の出る芝居なんだから当然恋が芽生えなければ。ただあまりロマンスが膨らまず、それぞれ袖にされるのはもったいない。

女衒の秋岡(田畑祐馬)を、独立派義勇兵の梶川(今井公平)がアメリカ軍に密告する。梶川は女たちに「あんたたちは奴隷にされているんだ。さあ、逃げろ。自由になるんだ」とけしかけるが、逆に女たちは秋岡といっしょにいることを選ぶ。家族からも社会からも見捨てられた自分たちが、頼りになるのはこの男だけというわけである。この人間感情の複雑さが薄っぺらな正義を跳ね返すところが面白い。

さらに中尉と決闘して勝った秋岡が「自分は生まれ変わる。お前たちはどこでも行け」というのに対し、女たちが「私たちは仲間じゃ」「自分だけ人間のつもりだったのか「裏切りもんは突き飛ばせ、売り飛ばせ」と攻め立てる。ここでは先の秋岡頼りからさらに女衒と女たちの関係を深く掘り下げて、男が女に縛られている構図を浮かび上がらせる。女衒と女たちの共依存というべきか。
秋岡が決闘の時に「なん百何戦の女たちの声が聞こえる」と言っていたが、この5人の女が責めさいなむ声こそ、秋岡の頭の中でなっていたものが現前したものだろう。

劇場で旧知の俳優が「ああいう女衒や女たちを国家が利用しながら、踏みつぶしていったことを、秋元は見据えて書いている」と語っていた。そういうこともあるかもしれない。

女優陣がしり上がりによくなっていったのに圧倒された。のんだくれのいち(伊藤麗)がよかった。秋岡の薩摩弁(?)も見事。ただ、客席の第一列で見たせいか、男優たちは声が概して大きすぎてせりふ回しが固いように感じた。感情よりも理屈をいろいろ考えさせられた芝居だった。前半60分、休憩20分、後半80分。合計2時間40分

ネタバレBOX

米軍将校が、女たちを米軍が保護することに同意するなら、秋岡を無罪放免する、という条件を出し、女たちがそれに同意して、秋岡と一緒に米軍の元へ行く。秋岡を救うための女性たちの献身であるし、女衒と女は一蓮托生ということでもある。

最後は、襲撃隊(日本軍の介入を狙う、現地軍人の一部らしい)の裏をかき、領事が領事館に自ら火を放つ。「襲撃しても、日本軍の上陸などないんだ。それならいっそ、私が不注意で火事を起こしたことにした方がいい。襲撃隊は驚くでしょう」と。
鮮かな朝

鮮かな朝

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

青年劇場スタジオ結(YUI) (東京都)

2021/02/10 (水) ~ 2021/02/21 (日)公演終了

満足度★★★★

女性による女性の悲しみを描いた70分の中編。タイトルには「朝鮮」が隠されており、慰安婦問題、日本の在日差別がメインテーマである。小学校の校庭の砂場(4スミを吊り上げることの出来る朝鮮のつぎはぎの白い布=ポシャギ=でできている)だけのシンプルな装置。戦争中に同級生だった朝鮮人の少女二人が、アイコ(五嶋佑菜)は戦後帰国の船が沈んで亡霊になり、ノブコ(蒔田祐子)は日本に残って年を重ねていく。同じ砂場で戦後育った日本人の少女三人。この三人が大人になり、それぞれの女性としての苦しみを吐露するところから、がぜん引き込まれる。

幸せな結婚をしているように見えた孝子(武智香織)は、実は子供はまだかと姑にせっつかれたあげく、せっかく妊娠したと思ったら、病院の誤診で子宮切除され、子供が出来なくなていった。姑が、その病院へ行けと言ったのに、今は姑は医療事故に遭ったのは嫁が悪いとせめる。夫は知らん顔である。友人が「訴訟するんでしょ」といっても、「わざと贅沢な病院に行くから、と周りからどういう目で見られるか」と断る。

里子(岡本有紀)は高校生時代にレイプされたことを隠し、建設業の夫を持ち裕福な暮らしをしている。実は彼女は、朝鮮人の子。先述の二人の朝鮮人少女の同級生が産み落とし、日本人に拾われたのであるが、本人は知らない。
かつてレイプされた時に助けてくれた朝鮮人老婆・ノブコと再会するが、女は「再開発の邪魔だから、立ち退いて朝鮮に帰ってくれ」とひどいことをいう。老女は女の出自を知っていて、近くでずっと見守ってきたのだが、本当のことを言うことはできない。どんな苦しみ・修羅場を生むかわからないのだから。でも亡霊の少女いう「知らないことは罪だよ」と。

戯曲は93年に書かれた。91年に韓国の元慰安婦当事者が初めて名乗り出たことがモチーフにある。戯曲は後半の作りが非常に緊密で、多くの問題を考えさせる。そのシンプルさをストイックな舞台に仕上げて、男の「罪」(不作為の罪も含め)を突きつけられるような思いがした

ネタバレBOX

最後は、修羅場になるところは時間を飛んで、数年後に。それぞれ医療事故の損害賠償の裁判に立ち上がったり、土建屋の夫とは離婚して、自分のルーツを調べ始めている。それぞれの「朝」を描いて終わる。そして、元慰安婦の少女には、朝鮮の山を二人で歩いた恋人との夢の再会が。唯一、男性の出る場面だが、彼に科白はない。二人、遠く離れたまま抱き合って幕。
オペラ『森は生きている』

オペラ『森は生きている』

オペラシアターこんにゃく座

世田谷パブリックシアター(東京都)

2021/02/19 (金) ~ 2021/02/24 (水)公演終了

満足度★★★★★

有名だが見たことはなかった「森は生きている」。しかも林光のオペラ版の新演出。期待にたがわぬいい舞台だった。前半・第一幕はスローテンポで話が進み、音楽も現代音楽風の響きと旋律で盛り上がりを抑え気味。薪拾いに生かされる継娘(鈴木裕加)、農夫出身の兵士(大石哲史)、12月の精たち、という森の人々が出る。からす(泉敦史)と、うさぎと、リスの追いかけっこも(子供が楽しめる場面)。宮廷に場面は移って、「シャクホウより短いから」と「シケイ」を言い渡す怖ーいわがままな女王(熊谷みさと)が、「大晦日に(春に咲く)マツユキ草をカゴいっぱい持ってきたら、カゴいっぱいの金貨を褒美にやる」という気まぐれなお触れ。それを知ったおっかさん(斎藤路都)と姉娘(沖まどか)が継娘を、厳寒の森にマツユキ草とりを言いつける。

後半は、物語が一気に加速し、音楽も一気に親しみやすく、盛り上がる場面が続く。音楽は、オペラ化以前の劇中曲がそのまま使ってあるそうだ。12の月の精たちが1月から2月の嵐へ(精たちの動きが秀逸)3月から、一気に4月になって、舞台一面にマツユキ草が咲き乱れる演出は華やかで驚きがあった。

場面変わって宮廷。舞踏会の場面も華やかさとコミカルさがあり、おっかさんと姉娘が女王に「どこでマツユキ草をとって来たか話しなさい」と詰められて、大雪の中を森の奥の不思議な湖で、とその場しのぎの出鱈目を真剣に映じるのもおかしかった。
女王一行の森へ行くそりのスピード、カーブ、勢い。継娘の「指環よ転がれ」の長めの呪文はハイライト、大変光った。第一幕では耳打ちだったので、言葉は分からず、オケだけで予告してあった。森の精たちが季節を変えてみせて女王を懲らしめるのがまた、盛り上がる場面。転じて、女王たち3人(博士と兵士)が森に迷子になり「三人乗った難破船」とよたよたさまよう歌も哀れでおかしい。こうしたローテンションが、人間の信頼と森の讃歌を歌い上げるフィナーレを際立たせる。「これまで取ってきた以上のものを森から取らない」という姿勢は、気候変動の危機に立つ現代に通じるメッセージだ。

12人で全ての役をとっかえひっかえ演じて、面白い。森の精の人数が場面場面で変わっても(しかも最初とラストをのぞけば、最大11人で一人足りないのだが)全然気にならない。
12の月の精たちが、色違いの裾長の衣装と冠で季節を示し、女王が金ピカの衣装で、娘がみすぼらしい服から最後は白銀の衣装にかわり新しい人生の門出を示す。動物たちの扮装も、その特徴を示しつつ、やりすぎず品があった。美術、衣装、演出、音楽、歌があいまってよかった。

就学前や小学生の子供連れの観客も多く、子供が集中してみていたのも感心した。大人も子供も楽しめる、とは言うは易く行うは難し。カーテンコール後、4歳くらいの女の子がピットに駆け寄って、桶メンバーに手を振ってた。ほほえましい。休憩15分込み2時間35分(前半60分、後半80分)

ネタバレBOX

パンフにあったが、マルシャークはこの戯曲を独ソ戦の最中に(ソ連が攻勢に転じたあとだが)書いていたそうだ。ビックリした。民話をもとにしたという点で、木下順二の「夕鶴」に似ているが、「夕鶴」は戦後の創作である。

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