ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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盲年【東京公演】

盲年【東京公演】

幻灯劇場

こまばアゴラ劇場(東京都)

2021/09/30 (木) ~ 2021/10/04 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

能の『弱法師(よろぼし)』をモチーフに捨てた盲目の我が子を家に連れ帰る父親の話。···では無いようだ。いろんな要素を詰め込み過ぎて、逆に散漫な味になってしまった印象。好き嫌いはかなり分かれるだろう。料理と同じで旨味成分が多過ぎても不味く感じるように人は出来ている。この題材ならもっとタイトに絞り込んだ方が客はのめり込んで観た。
ステージの下部が出入りできるようになっていて、グレート・ムタ宜しく役者が匍匐前進で消えたり現れたり。見たことのない装置で演者を撮影し、その姿をイラスト風に変換してリアルタイムでステージ背面の二面の壁に投影してみせたり。アイディアと技術が迸る。変換した3Dデータ画像はバレットタイムのようにぐるぐるぐるぐる廻る廻る。何じゃこりゃ未来都市か?と驚いた。特筆すべきは衣装デザインで、鈴木みのるの剃り込みや象形文字のようにジャケットをカットして、それを糸で縫い合わせたオーダーメイド。色々引っ掛かるので、着脱は大変そうだ。

駅で飛び込み自殺の高校生、目撃者は元裁判官と主人公である盲目の青年。青年は目が見えないものの、「許すな」と呟いた轢死者の最後の言葉を聴き取っていた。元裁判官の男は、その青年が自分が棄てた我が子であることに気付く。
女刑事役の松本真依さんが非常に魅力的。クールにもコメディにも振れるキャパシティ。毎日毎日彼女の下に自首してくる高校時代の友人役は橘カレンさん、彼女の告解すべき犯した罪とは?
素晴らしかったのはイマジネーションを刺激する台詞の数々。「天国は太陽、それは夕陽の中にある。」「地獄は影の中に。人は誰もがそれを連れて歩いている」。

ネタバレBOX

元裁判官と女刑事は高校時代、“ゴム部”の遊びで、小さな穴を開けた避妊具を学校中にばら撒いていた。その結果、妊娠した9名の女子生徒と、ヤりまくりの男性教師が放校処分。その舞台には登場しない教師がキーマンで、青い瞳をしている。元裁判官は妻が出産した時に息子の青い瞳を知る。その時すでに妻は妊産婦死亡。数年後耐え切れず、息子の青い瞳をカッターナイフで潰し山に放置した。橘カレンさんはその教師と結婚し、子供を産むが旦那を震災のドサクサに紛れ殺している。

主人公が入るのは盲人ばかりを雇って商品の品質検査をさせているブラック会社。不謹慎差別ギャグ連発なのは良いが、イマイチ面白くない。危険な笑いにリスクを持って踏み込むなら、良識ある観客を爆笑に巻き込まないと何の意味もない。
暫しのおやすみ

暫しのおやすみ

劇団競泳水着

駅前劇場(東京都)

2021/10/02 (土) ~ 2021/10/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

照明の微妙な明暗で演出を付けているような繊細な物語。淡々とした会話の積み重ねは是枝裕和監督の『海街diary』を思わせる。ほぼ女優オンリーの人間模様(男性は一応三人)、役作りと云うよりも本人の持つ内面の魅力を引き出していくような。凄いのは彼女達が役そのものに見えてくるマジック。同性が憧れるような連ドラ主演のトップ女優(不倫発覚で休業中)、若手No.1のアイドル女優、いつしか観客には本当にそんなふうに見えている。絶対女性が演出していると思いきや、これまた男性。よくこんな関係性を物語に紡げるものだ。感心する。
皆の憧れのトップ女優・鮎川桃果さん、その姉・川村紗也さん、姉の旦那の妹・谷田部美咲さん、美人スタイリスト・今治(いまばり)ゆかさん、キーを握るアイドル・岡野桃子さん、天才新人女優・竹田百花さん、敏腕マネージャー・都倉有加(ゆうか)さん、そして今作の主人公とも言うべき人気アイドル女優・菊原結里さん。菊原さんは元ご当地アイドルということで長身でスラリとした山本美月似、演技もいける。

テーマは『挫折と再起』。
無理にドラマを作らずに、ふと感情が零れ落ちる瞬間を捉えている。雑然とバラ撒かれたパズルのピースが偶然に少しだけ重なる時、今まで見えなかった物が浮かび上がる。
これを其処らの男達の話で作ったら、もっと陰鬱で気が滅入る、見ていられない作品になりそう。きらびやかな芸能界の女優の話にした所が流石。下手にテレビ局の控室、上手にマンションの一室と云う舞台設計もスタイリッシュ。
綺麗どころ満載で細やかな情緒の機微を紡ぎ上げる。特に女性にお勧め。

ネタバレBOX

裏MVPは竹田百花さん。このキャラを創出した感性が、この作家の物言うセンス。大学の映研出身で自主映画に出演した際マネージャーがスカウト。アン・ハサウェイと加賀まりこを“神”と崇める厄介な女。この一筋縄でいかない感じが矢鱈リアル。
虹の人〜アスアサ四ジ イヅ ジシンアル〜

虹の人〜アスアサ四ジ イヅ ジシンアル〜

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2021/09/30 (木) ~ 2021/10/04 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

秀逸な脚本。高度に練られた立体的な人物模様を、ただ観ているだけで誰もが理解可能なものに変換。物語はほぼ史実通り。テーマは『見えることと見えないこと』。脚本・演出は井保三兎(いほさんと)氏。(エル・サントの息子、エル・イホ・デル・サントと関係あるのか?)
風に揺らされちりりと鳴る風鈴の音から物語は始まる。避暑地に訪れた京大の学者(井保三兎氏)と京都のアマチュア地震研究家の青年(大川内延公〈おおかわうちのぶひろ〉氏)の邂逅。ちょっと変わった青年は毎日空を見詰め、“虹の切れ端”を探す。虹の形状と大きさ、滞空する時間によって地震発生を予知出来ると言う。この椋平広吉(むくひらひろきち)が電報にて1930年11月26日の北伊豆地震を予知してみせたことから、世界中がその研究に注目することに。当時エジソンとアインシュタインから称賛の手紙が送られる程の世界的ニュース。地震予知の軍事利用を見据えた軍部を巻き込んで、その研究の真偽が問われるのだが···。

あっと驚くラストの仕掛けはかなりのカタルシス。こういう脚本を書ける人間はそうはいない。大絶賛の嵐も当然。素直に観た方が良い。

ネタバレBOX

椋平の研究する虹は、他の誰にも見えない。その事から科学とは何の関係もないオカルトであると蔑視されていく···。

大川内延公氏は佐々木蔵之介の雰囲気。ルックスはチュートリアルの徳井義実と若い頃の奥田瑛二、かなりカッコイイ。善人でも悪人でもない、ズレた真っ当な人間を表現。
井保三兎氏はちょっと善人キャラ過ぎたか。もう少し険があった方がラストの遣り取りが生きた。『極楽とんぼ』の山本圭壱っぽい愛嬌。
帝大教授役、西川智宏氏は戸浦六宏似、インテリの雰囲気がある。
女将役野田あゆみさんは裏MVP、作品を艶やかに彩り品を高めた。

椋平は色盲で、彼の見ている世界は黒と灰色だけだった。
ラスト、全てに色がつき『カラー・オブ・ハート』なんて映画を思い出す。

欲を言えば、椋平にしか見えない“虹”を観客の視覚に共有させて欲しかった。「ああ、ずっとそういうふうに見えていたのか!」と“予言者”に感情移入して終わりたかった。
ヨコハマ・ヤタロウ~望郷篇~

ヨコハマ・ヤタロウ~望郷篇~

theater 045 syndicate

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2021/09/30 (木) ~ 2021/10/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

これは観ておいた方が後々語り草。主演のヨコハマ・ヤタロウ役今井勝法氏は『魁!!男塾』の松尾鯛雄に似ている。宮下あきらの漫画のキャラのような強烈なインパクト。全裸でウエスタンと云うと『エル・トポ』を想像するが、もっと永井豪テイストで、関東地獄地震後の荒廃した日本を描いた『バイオレンスジャック』の方が近い。
『マクベス』の三人の魔女の予言により、死ぬことが定められた無敵のガンマン、全裸のヤタロウ。殺した相手の思い残したことを果たす“約束”を自らに化し、背負った“約束”にがんじがらめにされていく。
最大の敵となる横浜市長役、寺十吾(じつなしさとる)氏は突き抜けた好き放題。凄い私的な空間に劇場を塗り替えてみせた。ちょっと驚く程のテクニックで鈴木清順の映画のキャラのよう。(映画『凪待ち』のヤクザも最高だった。)ハンドマイクで「その通りでございます。」ネタは秀逸。相方である市長秘書役佐藤みつよさんが元宝塚っぽくて綺麗だった。
天野天街か?とツッコミたくなるようなリピート・ギャグ満載。手術シーンのドタバタは必見の名シーン。笑いのセンスはかなり高い。
『真夜中のカーボーイ』と『マクベス』を足した味わい。かなり面白い。

ネタバレBOX

『殺しの烙印』調にもっとスタイリッシュに話を進めても面白かった。カメラを引いて俯瞰にした方が観客の感覚に任されて良い場合もある。藤竜也作詞の「横浜ホンキー・トンク・ブルース」原田芳雄バージョンが決まる。
ヒ me 呼

ヒ me 呼

流山児★事務所

ザ・スズナリ(東京都)

2021/09/24 (金) ~ 2021/10/03 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

前半はかなり退屈でつまらない。隣の人は早々に退席。その気持ちもよく判る。演出・天野天街の遣り口が何となく掴めてきた。こちらから心を開いて歩み寄らないと面白くなっていかない感じ。しりあがり寿の三年ぶりの書き下ろし新作。
開演前のSEがカントリー調のギター・インストゥルメンタルで凄く良い。エンディングで皆が踊る『浴衣の大団円』のフレーズがブリッジとして劇中で多用されるのだが、それも名曲。作曲・諏訪創となっているが、何か何処かで聴いた曲のような。

デモクラシイタケ役の甲津拓平(こうづたくへい)氏は太ると凄味を増して、六平直政似。ヒロイン山丸莉菜さんはえらく可愛かった。小劇場美人とでもいうのか。彼女が居ないと退屈で観ていられない位。コメディエンヌ平野直美さんは力尽くでストーリーをぶん回してくれた。
後半四分の一がやっと面白くなるのでもっと全体を短くした方が良い。

ネタバレBOX

サスティナブル(持続可能な〈発展〉)が一応テーマなのか?火族と水族と木族が互いを打ち消し合わないで、互いを尊重し合おう、と温泉になるのがオチだった。
卑弥呼役・山像(やまがた)かおりさんはラスト巨大化するのだが、その人形の造形が余りにも素晴らしい。ずっと観ていられる。
コロナと恋の病を掛け合わせたネタもそれ程跳ねない。天野演出の、心の声が時空を越えてノイズのように重ねられるのが印象的(ニュータイプっぽい)。現代の山丸さんが触れられて「何故謝る?謝る必要はない。」の過去の声が何処からか重なる···のシーンが強烈に印象に残る。
フランドン農学校の豚/ピノッキオ

フランドン農学校の豚/ピノッキオ

座・高円寺

座・高円寺1(東京都)

2021/09/02 (木) ~ 2021/10/07 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

『ピノッキオ』三度目。六年目にしてファイナル。ずっと毎年観るつもりだっただけに残念。更にKONTA氏が持病で降板とは。(サメの声で出演はしている)。観れば観る程奥深く、何度観ても最初の地点に辿り着くような廻廊。素直にこんな作品を観賞出来た事を感謝。
ラストの辻田暁さんの舞踏は「よっしゃ、ここから始めるぞ!」の人間の詩だ。苦境に瀕した時の天龍源一郎の口癖、「そうはいくかい。」を思い出す。何もかもここから始まるようだ。

ムサシ

ムサシ

ホリプロ

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2021/09/02 (木) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第一幕85分休憩20分第二幕75分。
少し早いが蜷川幸雄七回忌と云う事で、蜷川の『身毒丸』オーディションで主演デビューした藤原竜也氏主演の『ムサシ』。井上ひさしの遺作『組曲虐殺』の一つ前の作品でもある。配役も蜷川幸雄に縁のあるメンバーを揃えた。『フェイクスピア』の体調不良騒動で気になっていた白石加代子さん(79歳!)は驚く程に元気。そこそこ高さのある縁側をヒョイと飛び降り、踊り捲り舞い捲りコメディエンヌの役どころを掻っ攫う。そう言えば武田真治と白石加代子主演の『身毒丸』をここシアターコクーンで観たことを思い出した。声でキャスティングしているのかと思う程に役者皆の声が良い。塚本幸男氏の貫禄、大石継太氏の法話の素晴らしいこと。
異様にざわめく竹林が効果的で、暗転と舞台転換にじっくり時間を掛けることが作品の重みを増す。能を効果的に取り入れている。
演出も兼ねた吉田鋼太郎氏はやりたい放題好き放題。素で藤原竜也氏や溝端淳平氏が何度も吹き出す。
藤原竜也氏は生で観ると超カッコイイ。映像の何倍も魅力的なスター、とにかく絵になる。

物語は宮本武蔵(藤原竜也)と佐々木小次郎(溝端淳平)の舟島の決闘から6年後、鎌倉の禅寺宝蓮寺の寺開き(開山)。参籠の禅の最中、九死に一生を得ていた佐々木小次郎が現れ、武蔵に果し合いを迫る。沢庵和尚(塚本幸男)や柳生宗矩(吉田鋼太郎)等は何とかその無益な決闘を取り止めるように色々と策を講じるのだが···。

ネタバレBOX

斬り落とされた左腕がピクピク動いたり、ハラリと落ちる武蔵の鉢巻、ドリフ・リスペクトな五人六脚···、と見所満載。小次郎の剣術指南の足捌きが、いつしか全員で踊るタンゴになる場面、客席は大ウケだった。

結局の処、この地を彷徨う成仏出来ない亡者共が人に化け、武蔵と小次郎の決闘を止めさせることに願を掛けて、あの手この手を尽くすと云うネタ。仏教の説く“三毒”を持たない者だけが刀を抜く資格があると告げる。「欲張ること、怒ること、愚かであること」。煩悩に打ち勝つ為に自身の弱い心と向き合い、敵は己の中に在ることを知る。その過程で人と人との争いは失くなると。

この戯曲がイマイチなのは、この件で武蔵と小次郎が生き方を変えるとは到底思えない点。矢張りそんなことはお構い無しでひたすらに殺し合う方がしっくり来る。それを呆然と眺めるだけの無力感に苛まれた亡者達の方がリアル。

そして、佐々木小次郎も実は死者で、舟島で手当の甲斐なく死んでいたことにする。死者の妄執に塗れ幻影と取っ組み合っているだけだった自身の人生と存在に嫌気が差した武蔵は、そこで初めて亡者達の言い分に耳を貸す。
···的な事を帰り道つらつら考えていたら、渋谷で二回職質に遭った。
The Weir -堰-

The Weir -堰-

劇団昴

Pit昴/サイスタジオ大山第1(東京都)

2021/09/10 (金) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

これ本当に飲んでるの?冒頭からギネスの黒ビールの栓を抜き瓶からゴクゴクと飲る主人公(永井誠氏)。「うわっ飲みてえ!」と客席が揺れる。こっちはイングランドだが、「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」を重ねてしまう。只々パブをハシゴしてベロベロに酔うクズ中年達の与太話。観ていると飲みたくなってイライラする所も重なる。瓶ビール、生ビール、ウイスキー、白ワイン、ブランデー。観てるこっちが酔ってくる。(ブログを読む限り、ノンアルコールらしい!?)
Twitterで見て気になった舞台美術は最早芸術。新国立劇場並の精度で職人の腕前。本場アイルランド人の感想を聞いてみたい。ケチの付けようがないこの舞台を用意されたら役者陣も気合いが入ることだろう。

パブのマスターと幼馴染の常連三人、初めてやって来た綺麗な女性。五人芝居の熟練したテクニックに唸らされる。
升田幸三を思わせる永井誠氏の無頼な風貌。加勢大周を想起させる岩田翼氏のスマートな作法。味のある平林弘太朗氏の優しい物腰。聞き役に徹するが、正しく場を律していく高草量平氏の立ち居振舞い。そして、この物語の要となるあんどうさくらさんのリアルな存在感。五人の細かな遣り取りの完成度が高い。地元の紹介を兼ねて、新顔の女性に三人が自身が経験若しくは耳にした心霊体験を語っていくことに···。
そしてあんどうさくらさんも語り出す。

ネタバレBOX

あんどうさくらさんの語るエピソードは秀逸。これをどう捉えるべきか、じっと考え込むような内容。そのどうしようもない空気感の中、二人が店を立つ。
残った三人、主人公が語るのはレイモンド・カーヴァーの「ささやかだけれど、役にたつこと」を思わせるエピソード。無力感に苛まれ、言葉を失う。

孤独や暴発する感情や自責の念を抑える為の“堰”がアルコールなのだろう。そして、この地元の知り合いが集うパブ、それ自体が。物凄くありふれた、世界中の飲み屋で皆が本能的に交わしている作法。今夜、すべてのバーで。
雨

こまつ座

世田谷パブリックシアター(東京都)

2021/09/18 (土) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第一幕75分休憩15分第二幕90分。
江戸時代版「王子と乞食」。自分に瓜二つの男が奥州平畠〈ひらはた〉藩(現在の山形県)にいると聞いた金物拾いの浮浪者・徳(山西惇氏)。その男、紅花問屋の当主である紅屋喜左衛門は現在行方知れずだと云う。而も女房のおたか(倉科カナさん)は「平畠小町」と歌われる程の器量好し。せめて、おたかの顔を一目拝みたいと徳は江戸からはるばる北へ百里の平畠まで行脚するが···。
この瓜二つの人間に成り代わると云うネタは江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」など古今東西幾らでもあるが、時代背景と情感がだぶるのは矢張り黒澤明の「影武者」であろう。(実際の元となったのは井原西鶴の「俤の似せ男(おもかげのにせおとこ)」だそうだ。)「影武者」は武田信玄の死を隠す為によく似た盗っ人を本物らしく仕立て上げる話。嫌々だった筈がどんどん武田信玄に思い入れて成り切っていく盗っ人を待ち受けているものは無力なる己の立つ“無情の世界”。(「影武者」の方が後年の作。)

オープニングから生演奏のパーカッション(熊谷太輔氏)が勢い良く響き、「カムイ伝」のようなリアルな衣装とド迫力の舞台美術が炸裂。両国橋の袂、雨宿りの浮浪者達の酒盛りが唄と踊りで満開。井上ひさし作品にとって歌は強烈な武器で、始まってしまうと兎に角否応無しに作品世界に引き摺り込まれる。「雨が降るたび思い出す。根無し浮草手前のことを。」
人形遣いの「親孝行屋」(久保酎吉氏)、等身大の人形を息子に見立てて前面に抱き、二人羽織の逆の要領で自分が背負われている様に見せ掛けて歩く。脚は自分自身。このヴィジュアルが見惚れる位美しい。休憩を告げる時にも鈴を鳴らしながらとぼとぼ歩いてくれるので必見。
男娼・釜六(櫻井章喜〈あきよし〉氏)の説得力ある下卑た存在感も実に魅力的。
主演の山西惇氏は阿藤快の狂気と大杉漣の怪優振りを彷彿とさせる存在感。トボトボ歩く立ち姿は藤原釜足のとぼけた味わいも。
芸者・花虫役は前田亜季さん。年がら年中、世田谷パブリックシアターに立っているイメージ。
天狗学に詳しいとされる修験者(山伏)役土屋佑壱氏のインパクトは絶大。彼の一挙手一投足に会場が笑いで揺れた。

当時ベニバナは染料として重宝されていた。
屑拾いの浮浪者がもしかしたら倉科カナさんを抱けるかも知れない!と人生を賭けた一世一代の大博打に臨む···、これぞ男のロマン。

ネタバレBOX

かなり面白いし、良い舞台。だが井上ひさし流の話の納め方がいつもながら興醒め。毎回毎回こんな気持ちになるので、自分と井上ひさしの相性は相当悪いのだろう。自分の過去を知る者を殺して廻り、本物の存在を知る者を殺して廻る。その挙げ句、本当の自分に戻ろうとするがもう戻れないことに気付く。この延々続く展開がまだるっこしく感じる。

鈴口とは亀頭の事で、徳はそこに大きな疣二つと云う圧倒的な特徴があった。おたかは別人と認識しつつ抱かれる。而も「自分も抱かれたことがある」と女中に嘘の告白をさせ、疣二つの存在を皆に周知させる。その意図は偽物を幕府の生贄に捧げて、本物を別人として生かすこと。ラストの倉科カナさんの台詞が聴き取り辛くイマイチ伝わらないのだが。石見銀山(砒素)入りの弁当を食わせて毒殺した筈の本物の喜左衛門は、徳の後をつけていた番頭が喉に手を突っ込んで毒を吐かせ、命を取り留めたらしい。
巨大な少し曲がった五寸釘を柱に見立てたラストのセットが映画的で格好良い。大和屋竺脚本の「処女ゲバゲバ」を想起。全ては両国橋の袂に屯する、屑拾いの浮浪者がほんの少しだけ見た夢に過ぎない。「雨が降るたび思い出す。根無し浮草手前のことを。」

おたか役は香川京子や藤村志保のような大映顔が似合うのでは。
川岡が来ないZ!!

川岡が来ないZ!!

スズキプロジェクトバージョンファイブ

テアトルBONBON(東京都)

2021/09/15 (水) ~ 2021/09/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

台風直撃、土砂降りの雨、最悪な一日の締め括りに観に来て良かった。面白い。わざわざ観に行く価値は充分にある。
設定だけで面白いのは判っていたが、芸達者な役者が揃っていて豪華。細かなキャラ設定が見えない無数の糸のように張り巡らされたステージ。ちょこちょこニヤニヤしてしまう。こういうネタは作っている時も楽しいだろう。『カメラを止めるな!』系の生放送(生公演)を何とか成立させる裏方コメディ。魅力的なキャストが揃っている。客席は終始にやついていて、堪え切れずどっと湧く。
主演の久下恭平氏は本当に魅力的。最初から最後まで観客の心を掴んで離さない。気弱な下っ端雑用係だが誠実で純粋、まさに主人公。声が良い。
お笑いコンビ『ハマチ』のじぇーむす氏がまた素晴らしい。町役場の下っ端なのだが、戦隊ヒーローものへの愛情が迸る。彼の下手糞な愛想笑いが最高だった。
エロ可愛いホットパンツの中井杏奈さんの馬鹿女キャラも良かった。
とにかく笑って元気になりたい気分の人にお勧め。

ネタバレBOX

ヒーローを立てるのはよきヒールであり、コメディを成立させるのは進行を阻害する人物。
司会のお姉さんながら、「こんな仕事早く辞めたい」と公言している永瀬千裕さん。舞台の危機にさっさと職場放棄を選ぶ。その仕事を目指していた南衣舞(みなみいぶ)さんとのいがみ合いがうねるドラマを作る。二人共可愛くて魅力的。永瀬さんの出番ではない時の、細かく反応する受け手の演技がドラマに厚みをもたらしている。
町役場の課長の嫌な奴役、シスコ氏。彼がメンバーの感動的な遣り取りを小馬鹿にした物真似で捲し立てるシーンに一番会場が笑いで揺れていた。

中盤のカタカナ必殺技シーン辺りから無理に展開を引き延ばしている感覚がして少々残念。欲を言えばラストの公演の畳み掛けは笑い笑い笑いで爆発させて欲しいもの。折角音を何度も録音していたのだから、要の部分でぶっ込んで欲しかった。これをもう少しアレンジすれば凄まじい傑作が生まれる気がする。
好きで嫌いな珈琲と煙草

好きで嫌いな珈琲と煙草

ふれいやプロジェクト

アトリエファンファーレ高円寺(東京都)

2021/09/15 (水) ~ 2021/09/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い!五人の俳優だけでこの物語を語り切るとは···。複数の役を兼任する訳でもなく(クライマックスの舞台だけ三人が別の役をこなした)、これは凄い。ある種単純でよくある話なのだが、その実オリジナルで特別な話に仕上がっている。全ては才能次第なのだなあと感じ入った。
そこそこ人気のある小劇団に所属しているヒロイン。同棲している彼氏は自分のビストロ(大衆居酒屋)店を経営している。彼氏の店の常連客は偶然にも劇団の大ファン。稽古終わりに主催の劇作家と飲みに行くと店は芝居の話で大盛り上がり。こんなふうに二人の日々はずっと続いて行く筈だったのだが、コロナウイルスが全てを変えた。

ヒロインのゆいさん(a.k.a.倉地裕衣さん)はもろアイドル顔。日テレのアイドル・アナウンサーだった永井美奈子を彷彿とさせる美しさ。
彼氏役のハマツタカシ氏はジャンポケ太田と宮迫を混ぜたようなルックスで親近感を持ち易い。観客はその心情にスッと感情移入してしまうだろう。
今作のMVPと言ってもいい、大活躍の七味まゆ味さん。リアルな舞台ファンの一般人から狂気の天才女優、ベロベロの酔っ払いOLと、ぼんやり観ているだけで彼女の世界に頭から呑み込まれていく怖ろしさ。強烈なインパクト。
無声映画の伴奏のように作曲家佐々木聖也氏のエレクトーン生演奏が奏でられていく。これが天才的で、どんなつまらない舞台でも佐々木氏さえ袖にいれば作品として成立してしまう程の腕前。筋少の「青ヒゲの兄弟の店」に似たフレーズがあったのだが偶然か?

悲しさと愛しさでぐちゃぐちゃになるラストの畳み掛けは必見。二人それぞれ別々に、独り嗚咽を洩らすシーンが焼き付く。

ネタバレBOX

エチュード(即興劇)によって、過去の一番楽しかった頃の気持ちを取り戻すシーンは痛切。いつのまにか皆忘れてしまっていたのだ。『心をいつでも輝かしてなくちゃならないってことを。』
自分の心を輝かせる為にきっと二人は別れたのだろう。

前説のドラゴンボール芸人一丁氏がまた良かった。ピッコロ(マジュニア)に扮して、エレクトーンとの掛け合いで観劇マナーの注意を説明する。佐々木氏のネタ振りに一々乗っかってみせアニメ物真似ネタで客席を大いに湧かせた。
ズベズダー荒野より宙へ‐

ズベズダー荒野より宙へ‐

劇団青年座

シアタートラム(東京都)

2021/09/10 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「ズベズダ」とは、ロシア語で”星“を意味する。
第二次世界大戦後、アメリカとソ連の世界を二分する直接的ではない”戦争“はどちらの文化が、より未来への希望に応えられるかを競うイメージの“戦争”でもあった。
主人公、セルゲイ・コロリョフ(横堀悦夫氏)はソ連のロケット開発のトップ。軍事兵器(ミサイル)としてのロケットの技術向上の向こうに人類の夢、有人宇宙飛行を展望している。V2ロケットを開発したナチス・ドイツの天才工学者、ヴェルナー・フォン・ブラウンは戦後アメリカに亡命し、宇宙開発の陣頭指揮に立つ。コロリョフはこの会った事もない天才科学者に憧れ妬み対抗心を燃やし、同時に例えようもない程のシンパシーを抱いていた。

円形のステージ、同心円上にそれぞれ傾斜した円周の通路が三筋。役者陣は台詞を捲し立てながらその円周上の通路をぐるぐるぐるぐる廻る廻る。とにかくひたすら動きながら怒鳴り合うように会話し続けることで、スピード感とテンポ、一刻を争う緊迫感に煽られ続ける。専門的な科学用語の応酬とその中に隠語のように散りばめられた“夢”と“ライバル”。

第一幕は年表台詞演劇みたいでイマイチ楽しめなかった。何か素材の良さに対して勿体無い調理法だなあとの感じ。だが休憩開けての第二幕、方法論は同じながら怒涛のエンターテインメントに化ける。成程これを演る為に第一幕の静けさが必要だったのだなあ、と理解。まさに「序破急」。

ネタバレBOX

激しい口論が延々と続く。コロリョフの口癖は「お前ならどうする?」。問題の指摘ではなく、出すべき回答を常に要求。天才達の極限まで脳細胞を振り絞った争闘が目眩く展開。客席はその熱気と興奮に灼かれてまるで当事者になったような心持ちで米ソの戦場に引き摺り込まれてゆく。
横堀悦夫氏の声が少し声優の池田秀一氏に似ていると感じてから、氏の代表的キャラクターであるシャア・アズナブルと重なって見えてくる。この言語でのイメージによる戦乱絵巻はまさに富野由悠季。宇宙空間で巨大ロボットに乗り込んでチャンバラをしながら、人類の行く末についてひたすら論議するようなロマンチシズム。
この方法論で『ガンダム』を舞台化出来るのではないか?モビルスーツが一切登場しないディベート系『ガンダム』を青年座で演ってほしいもの。富野節の近代戦史なんかも、需要が有るのでは?
田中角栄を彷彿とさせるフルシチョフ(平尾仁氏)も良かった。今となっては社会主義なんかに誰も幻想を抱かないだろうし。

人類史上初めて月面着陸に成功したニール・アームストロングの映画『ファースト・マン』、ドラマ性を捨て事実の淡々とした列挙と実験性の高い訓練シーンを黙々と積み重ね描く。退屈だが今作と味わいが似ている。
アメリカのマーキュリー計画(有人宇宙飛行計画)を描いた映画『ライトスタッフ』は、音速の壁を破ったパイロットが大気圏を越えるまでの年月を丹念に描写。宇宙に行くとはどういうことなのかを理解するには最適。
キューバ危機なら、『13デイズ』が面白い。
朧な処で、徐に。

朧な処で、徐に。

TOKYOハンバーグ

サンモールスタジオ(東京都)

2021/09/10 (金) ~ 2021/09/20 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

面白い。今作を観ようと思った自分を褒めてあげたい。タイトルがタイトルなので、『群像』とかの中身のないだらだらした純文学を連想しがちだが、非常に秀逸なメタフィクション。筒井康隆の「朝のガスパール」やウディ・アレンの「地球は女で回ってる」が大好物な方にお勧め。
スランプ気味の劇作家が、締切を迫られてああでもないこうでもないと創作に苦しむ。作中の登場人物達がコロコロ変わる作者の態度に怒り心頭、「私の作品をきちんと書け!」と次元を越えてクレームをつける。同時進行で主人公は女優時代の恩師だった厳しい俳優が数ヶ月前に孤独死していたことを知る。今、日本で日常的に多発する孤独死、それを我が事として真摯に向き合おうとする人々の群像劇でもある。

主演の劇作家役、宮越麻里杏さんが素晴らしい。眼鏡を外した途端に若返り、ギラギラした女優時代の顔に様変わり。小道具なし、一瞬のその凄みは圧倒的。
孤独死したかつての先輩俳優役、堂下勝気(どのしたかつき)氏は即座に場を締めてみせる。ピリピリした空気感で劇場を張り詰めさせ、「まったく役者なんかになるもんじゃねえな」と観客に染み染み思わせてくれる。
喫茶店のマスターの娘役、中村ひよりさんも目を惹く。人物像がリアルで遣り取りも台詞も嘘臭くない。何かそれっぽいキャラの人情物語に辟易しているので好感。
劇中劇の登場人物の四人も最高だった。橘麦さん、槌谷絵図芽さんの、大手スーパーが配送を始めたせいで潰れそうになる姉妹二人だけの地方の運送会社の話。
北澤小枝子さん、岡田篤弥氏の、飛び降り自殺に来たら偶然出くわしてしまった見知らぬ二人の話。
本当に驚く程面白いので、予定が空いている方は是非観てみて欲しい。

ネタバレBOX

昔、沢木耕太郎のルポルタージュ集『人の砂漠』の「おばあさんが死んだ」を読んで衝撃を憶えた筈だが、今そんなニュースを耳にしても何とも思わなくなった。矢張り、他人の不幸なんかはどうでもいいのだ。
だが、宇鉄菊三氏演ずる喫茶店のマスターはそうではなかった。孤独な人々の交流の場を立ち上げようと画策。孤独死の本質的な問題と何とかして向き合おうと一人奮闘する。答のない問い掛けは、敢えて答を求めないことで、運動体であるそのこと自体に意味が生まれる。ひたすらに考え続ける事、その行為が答えになり得るのだ。

劇作家は本当に書きたいことを書く為に、孤独死について実地取材に入る。孤独死した先輩俳優に生前会えたとして、自分は一体何が言えただろうか?
本当はラスト、時空を越えて二人が対峙するシーンが観たかった。ゴミ部屋で死にゆく老人の枕元に正座し、何も語るべき言葉が見つからない絵が欲しかった。
特殊清掃員のシーンはもっとリアルに目を背ける位にやってもよかったのでは?
タージマハルの衛兵

タージマハルの衛兵

東京演劇アンサンブル

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

二人芝居はつまらなかった時の気の紛らわし方に難儀するので、出来れば避けたいところ。今作は戯曲が余りに評判が良かった為、足を運んでみた。インド系アメリカ人、ラジヴ・ジョセフの作。舞台には可動式の巨大な仕切り用ガラス板が五つ。

1648年ムガル帝国(現インド)の首都アグラ、タージマハル完成前夜が舞台。タージマハルは完成までに16年(実際は22年?)掛けた総大理石の霊廟。「建設期間中は誰もタージマハルを見てはならない」と皇帝は命じた。いよいよ明朝お披露目をすることとなる前夜、その門の前に立つ幼馴染の二人の衛兵。フマーユーン役小田勇輔氏の厳つい風貌は「あばれはっちゃく」の父親役で有名な東野英心を思わせる。バーブル役篠原祐哉氏は山本KIDっぽいやんちゃな愛嬌で無邪気に空想を語り続ける。
世界で最も美への造詣が深い天才建築家、ウスタッド・イサが二万人の職工を指揮して造り上げた究極の建造物。しかしそのイサは皇帝への些細な進言により、その両手を叩き斬られることに。
皇帝曰く「タージマハルに並ぶ美しい建造物を今後決して生み出してはならない」。

見てはいけない、とされるタージマハルを我慢が出来ず到頭振り向いて見てしまう二人。そこで舞台は暗転し物語は第二場へ。二匹の鬼が世界を鮮血で塗り潰し邪悪な悪夢へと染め上げる。ペイントを施した雨宮大夢(あめみやひろむ)氏と和田響き氏の狂騒。雨宮氏のノリノリのハイ・テンション振りが心地良い。
一体、何が起きたというのか?

ネタバレBOX

二場はグラインドコアなスプラッター。無数の斬り落とされた血塗れの手が籠に溢れ返り、ラックの中にはその籠が満載に積まれる。一人で四万本の手を刀で斬り落とすなんてのはファンタジーの世界で、どれだけ時間が掛かるか分かりゃしない。過剰な悪夢の表現。
皇帝の命で建設に関わった全ての職工の両手を斬り落とす二人。バーブルはひたすら両手を斬り落とし、フマーユーンは焼きごてで傷口を焼いて止血する。血糊の洪水、ガラス板に残された無数の血の手形、むせ返る臭いが辺りに立ち籠める。フマーユーンは目が見えなくなり、バーブルは握った刀が手から放れない。バーブルは「俺は世界から”美“を殺してしまった」と嘆く。温かなお湯で彼の全身を拭いてやり、新しいシャツに着替えさせるフマーユーン。第一幕はここで終わり。

休憩時、6、7人のスタッフ総出で舞台上の血糊をひたすら拭き取る。余りに大変な手作業、毎回これをやるのは思うだにきつい。だが、延々と見せられたその光景は理由もなく美しかった。

第二幕は三場ある。
バーブルが皇帝暗殺の計画を口にした為、“兄弟”(バーイー)と呼び合う程の親友を売り、その両手を自ら叩き斬ってしまうフマーユーン。焼きごてでの止血はせず、バーブルはそのまま死んだのだろう。エピローグの第五場では、十年後一人衛兵として門の前に立つフマーユーンの姿で終わる。
つまらなくはないのだが、第二幕に余り内容がない。
想像力を刺激する言語センスは素晴らしい。
湖の水面一杯をピンク紫緑の鳥が埋め尽くしている光景、芳しき匂い香る白檀で作ったツリーハウス、日の出に照らし出されるタージマハルを「まるで月が川に落ちてきたようだ」との譬え。エアロプラット、持ち運び式抜け穴などの空想対決。

時系列を入れ替えて第一場と第五場を逆にしたい。
空虚な日常を送る衛兵が何度も過去を追憶し、居る筈の無い友の名を呼ぶ。ここから始まり、何が起きたのかを過去に遡って語る。ラストは無邪気な二人の在りし日の遣り取り(第一場)。ラジヴ・ジョセフには余計なお世話だろうが。
カムカムバイバイ

カムカムバイバイ

U-33project

アトリエファンファーレ東池袋(東京都)

2021/09/08 (水) ~ 2021/09/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

面白かった。音楽のせいか、終演後やたら悲しくやるせない気持ちにさせられる。この世の誰一人幸せになれないシステムを観せられているような感覚。
奇妙な話が連続して語られていく。一つ一つは愉快な気楽なエピソード。一見何の関係性もないような話が続くのだが、その場にはいつもニコニコ微笑む謎めいた女性(白野まゆ佳さん)の姿が観客にだけ見える。

ほぼ主演の月海舞由(つきみまゆ)さんが大熱演。小泉愛美香(あみか)さんが可愛かった。岡村俊佑(しゅんすけ)氏のリアクション芸はド迫力。

ネタバレBOX

①上司に連れられて立ち寄ったゲイバーでの出会い
②綺麗になるスプレー
③脱獄を指南する女
④不安に陥る女アナウンサー
⑤金持ちになりたい女性とシャンプー

テーマはSNS(TwitterやYouTubeも含んでいる)。キラキラと輝くコンフェッティ(紙吹雪)が”いいね“を表象。孤独な人類はSNSに縋り、愚痴りいきり相談し胸の内を吐露する。無意味な独り言に相槌を打ってくれる存在。すでに現実世界の人間を超えた存在になっている不特定多数の架空の誰か。受け手としての自分は時にはその一人にもなる。それはすでにシステムとしての“神”じゃないのか?と云う物語。

脱獄のエピソードは違法指南の比喩だったり、何となく意図は理解出来るのだが、語り口が下手で混乱を招く。月海さんを多用し過ぎ。小泉さんのアイドルになるエピソードなど物語の統一性に欠ける。もっと上手くエピソードを繋げられたらラスト、幻の城の瓦解が生きた。

帰り道、ブルーハーツの『遠くまで』と云う曲が脳裏に流れる。
「言葉はいつでもあやふやなもので僕を包んだり投げ捨てたりする。僕をほどいてくれないか?」
カノン【8月19日~31日公演中止】

カノン【8月19日~31日公演中止】

東京芸術劇場

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2021/08/19 (木) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

演出、出演の野上絹代さん、連想するのは野上照代(黒澤映画の名物スクリプター)。名前が出る度気になっていた。
開演前SEからザッピングされたTV番組の音声が流れ続ける。多重世界のザッピングの中の一コマが今回の物語のようだ。額縁による美術を徹底し、小道具は全て額縁の中の絵。額縁がありとあらゆる形を表現し、時には弓となって矢を射る。ひたすら疾走するスピード感で物語は駆け抜けていく。
中盤、ヨハン・パッヘルベル作曲の名曲「カノン」がハイテンポで流れ、舞台は更に盛り上がる。が、それも束の間、捻れた音階、不協和音のノイズ、不安を煽るインダストリアル・ミュージックへとぐずぐずに崩れ世界の様相は変貌を遂げて行く。カノンとは特殊な輪唱の意味。

盗賊団の御頭、沙金(しゃきん)役さとうほなみさんがヴァンプ(妖婦)として完璧な存在。胸の谷間を見せ付ける演出で盗賊団も観客も骨抜きのメロメロ。「ゲスの極み乙女。」のドラマーと云うことに驚く。多分グラビアアイドルだと思っていた。何となく情報は知ってはいたのだが···。矢庭に白い脚をゆっくりと伸ばし、男に委ねる。誰も彼もが理性を失い、本能的にむしゃぶりつく。それを勝ち誇った顔で眺め、にんまりと口元を歪める淫婦の貫禄。
主演の太郎役中島広稀(ひろき)氏はた組の『貴方なら生き残れるわ』に続き舞台はニ回目。遠く、彩の国さいたま芸術劇場まで観に行ったものだ。バスケ部の一人だったような。運動神経、反射神経が物を言う舞台向きの俳優。
猫役、名児耶(なごや)ゆりさんも印象的。モノローグを兼ねつつ、作品の核に触れている存在。余りにも謎が多過ぎる。

平安時代、自由を謳歌していた山の民は都の民に侵略され滅ぼされる。生き延びた残党共は盗賊団となって京の都を荒らし回っている。都の最高権力者である天麩羅判官(渡辺いっけい氏)の屋敷で牢番をしている太郎は、美しき囚人沙金に惑わされ逃がしてしまう。太郎を赦免した判官はスパイとなって盗賊団に潜入し、反体制組織「猫の瞳」について調査するよう命ずる。
判官屋敷に隠された、フランス7月革命を描いたドラクロワの名画「民衆を導く自由の女神」が物語のキーになる。

ネタバレBOX

猫の存在が謎で、劇中太郎が唐突に言う台詞、「彼女は猫と呼ばれているだけで本当は人間なのだから」にハッとする。ただ、その後はまた猫として存在し続ける。あれは一体何だったのか?そこが一番興奮するシーンだった。

クライマックス、鉄球と銃で連合赤軍のあさま山荘を連想させるが、この物語との関連性が全く見えない。野田秀樹作品お馴染みの「実はこんな意図がありました」を喜ぶのは批評家だけではないか?虚構に耽溺していた観客からすれば、「そんなことはいいからこの話をきちんと語れ!」との思い。
素晴らしい虚構作品に「実はこういう意図があった」なら興奮もするが、毎回話の途中で誤魔化しているような気にもなる。(好みの問題だろうが)。
廃墟に乞う

廃墟に乞う

Audio Photo Cinema「廃墟に乞う」製作委員会

シアターX(東京都)

2021/09/03 (金) ~ 2021/09/04 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

加藤雅也氏本人が撮影監督として撮影したモノクロ写真がスクリーンに流れる。今作のプロデューサーも兼ねる寿大聡( じゅだいさとし)氏は出所した殺人者役。未成年の頃と成年後の二度、ホテルに呼んだ風俗嬢を顔が潰れる程、鈍器で殴り殺した。声だけの出演だが木下ほうか氏が記者として寿大氏を質問攻めにして追う。長い長い駅の地下通路での追尾、加藤氏の画角は映画的でフレームには光と影と俳優しか写らない。録音技術が低く、台詞が聴き取れないのが残念。
佐々木譲氏の直木賞受賞作である連作短編集『廃墟に乞う』。 その表題作をAudio Photo Cinema(朗読劇+写真映画)化。(佐々木氏は寿大氏を当て書きして小説を書く程、親密な関係。)
舞台上では加藤氏と寿大氏による台本片手の朗読劇が行われる。
加藤氏はPTSDによる休職中の北海道警の敏腕刑事役。過去に担当した犯罪者から一本の電話が掛かってくる。出所した男はまた似た事件を起こしてしまったようだ。
財政破綻して巨大なゴーストタウンと化した北海道夕張市にある、廃墟と化した炭鉱町。そこで育った幼年時代に目撃した光景。刑事と犯人は廃ダムに二人だけで待ち合わせる。

ネタバレBOX

永山則夫をイメージさせる犯人の生い立ち。永山の『捨て子ごっこ』を思い出す。母が無理心中を図り、幼い妹をダム湖に投げ捨てた光景。その記憶を改竄して無理矢理封印し続けた葛藤。自分達を捨てた母への憎悪が同じ年格好の娼婦殺しに繋がっていく。

原作を読んでいないので情報量が圧倒的に足りない。病んだ刑事の心境と、死ぬ前にその刑事に全てを告白したいと願った犯人の思いが表現されていない。こんな特殊な方法論を使用するのだから、もっと手はある筈。二人の魂の交錯を存分に味わいたかった。
加藤雅也氏は台本片手ながら、読み間違え何度も言葉に突っ掛かってしまう。体調が悪いのか?
チーチコフ

チーチコフ

劇団俳小

萬劇場(東京都)

2021/08/27 (金) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

ゴーゴリの未完の長編、『死せる魂』。完成していた第二部を作者自ら焼き捨て書き直したせいで不統一な作品に。更にその後、文学を棄てる事を決意し書き直した第二部を再び暖炉で焼き捨てる。そして十日後、自ら断食にて没す。後に残された原稿の断片から遺作として不完全な第二部が刊行された。全三部の作品だった為、ゴーゴリがどんな作品を構想していたのかは今や誰にも判らない。

舞台は十九世紀ロシア、当時の地主は次の国勢調査まで死亡した農奴(その土地の領主に保有された農民)の人頭税をも支払わなければならなかった。元小役人チーチコフは死んだ農奴の所有権をただ同然に譲り受け、名義上は大勢の農奴を抱えた地主に成り済ますことを企む。登記したその農奴を担保に銀行から大金を借り入れ、国外逃亡することが目的。面識を得たロシアの方方の地主に交渉に出向くのだが···。

チーチコフ役大川原直太氏が実にいい味。高橋幸宏と泉谷しげるを足したような風貌で知性と茶目っ気が同居している。現実感のある、地に足の付いた悪党が演れる逸材。人が変わったように老婆を非道い剣幕で脅しつけるシーンが印象的。
その敵役となるノズドリョフ役手塚耕一氏も負けてはいない。佐藤二朗とケンドーコバヤシを足したような雰囲気で破天荒型の嫌な毒舌キャラ。それなのにどこかしらユーモラスな存在に創出。出て来ると場が盛り上がる。

演出の意図なのか、後半から徐々に『マクベス』を連想させる断片が。
チーチコフに付き従う御者セリファン役左京翔也氏の獣じみたキャラは異界の荒れ野を馬車で疾走している気分にさせる。
チーチコフの転落の切っ掛けともなる老婆、コローボチカ役吉田恭子さんは欲深い弱者を好演。
コーラス・ガールの三人組、西本さおりさん、覚田すみれさん(美巨乳!)、小池のぞみさんがエロエロで観客を煽り続ける。時には馬車馬になり、チーチコフを乗せてロシアの湿原を駆け巡る。シルエットのみで演じられるセクシーなオープニングは『11PM』的で素晴らしい。この三人の魔女が「チーチコフ!」「チーチコフ?」と呼び掛け続けるのがリズムとなってずっと耳に残る。
ずっと袖で生ピアノを演奏し続ける音楽担当の上田亨氏。曲がキャッチーで活き活きとこの世界の住民を鼓舞し地獄巡りの寓話に鮮やかな色を着ける。

ネタバレBOX

体調のせいかちょこちょこウトウトしてしまって、作品を充分に味わい尽くせなかったのが残念。全然つまらない訳ではないのだが、もっとチーチコフのピカレスク・ロマンに観客の気持ちを乗っけて欲しかった気も。チーチコフを応援する娼婦三人組の気分で観たかった作品。本編進行を見守る彼女達のいちいち大袈裟なリアクションが痛快。

ひたすら死人を買い集めるチーチコフを地主達は奇異な目で眺める。幾万の死者の登記簿を満足気に眺めるチーチコフ。御者セリファンが訊ねる。「その中にはあっしの名前もあるんでありやしょ?」ニヤリとチーチコフ、「勿論だ!」
幾万もの死者の農奴を引き連れて、地獄巡りの旅は続いていく。
「侠」  君、逃げたもうことなかれ

「侠」 君、逃げたもうことなかれ

サンハロンシアター

「劇」小劇場(東京都)

2021/09/02 (木) ~ 2021/09/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

超面白い。日本映画でこんなものを作れれば客は戻って来る。伊丹十三が大絶賛された頃、「そんなに面白いか?」と思ったものだが、今作を観て色々と腑に落ちた。『シン・ゴジラ』で日本人にしか作れないジャンルの実在をしかと感じたように。
多種多様な役者達、他の劇団ではまずお目にかかれない陣容。ルックスだけで痺れる。誰一人無理して作ったように感じるキャラがいない。

地方都市(松山市?)にある双葉百貨店。主人公はお客様相談室長の九条侠介(内藤トモヤ氏)。退職する事が決まっている。新たにメンバーとして社長がスカウトしてきた倉持侑(和泉輪さん)が加入。次々と襲い掛かってくるクレームの嵐に誠意を持って立ち向かう。プロ・クレーマー達はヤクザや風俗嬢、たかり屋、中学校女教師など多種多彩。“クレーム“と“苦情”の違いを後任達に伝えなければいけないのであった。

内藤トモヤ氏は深みのある存在、作品に重厚感を持たせる。伊丹映画の大地康雄的味わい。宝飾店店長役橋本智恵子さんが美しく、フジテレビの元局アナのような品がある。スナック経営のクレーマー役、大図愛さんもドギツく魅力的。正論で怒り狂う客、田野良樹氏もとにかくリアルな立ち居振る舞い。たかり屋稼業の親子、香戸良二氏と垣内あきら氏は最高に立ったキャラ。女教師役の高山佳子さんも怖かった。謎の苦情女、高岡季里子さんの不可思議な空気感。
脚本の書き方のお手本のような作劇、感心した。暗転や移動中の会話、細かい演出にさりげない工夫。もっと皆に観て欲しい作品。

ネタバレBOX

九条の捉える苦情とは、百貨店をより良くする為のアドバイス。求めるものは店側にも客側にとってもより良い結果をもたらすアウフヘーベン(対立する論争をより高い次元に引き上げて答を導き出すこと)。対する倉持はクレームをノイズと認識して、如何に排除するか撃退するかに専念。
かなり理想論ではあるが、更なる高みに至ろうとする九条の姿勢には人の可能性の余地が感じられる。

笑いが薄いのが物足りないと言えば物足りない。物語の納め方も教科書通り。女教師のキャラが後半、別人化したような気も。誤解を招くので、女教師が黒幕でクレーマー達に報酬を渡しているのは倉持の妄想だとハッキリさせといた方が良い。
音楽劇「あらしのよるに」

音楽劇「あらしのよるに」

日生劇場

日生劇場(東京都)

2021/08/28 (土) ~ 2021/08/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕55分休憩20分第二幕40分。
肉食の狼と草食の山羊による種族を越えた友情物語。昔映画館で劇場アニメを観ているのだが、全くと言っていい程記憶に残っていない。
主演のヤギのメイ役は北浦愛(あゆ)さん。トラウマ映画「誰も知らない」の長女役!(あの映画を観てからアポロチョコのイメージが変わった人も多いのでは。)
W主演のオオカミのガブ役は渡部豪太氏、多才。
強面オオカミでやたら格好良い、ギロ役大森博史氏とバリー役島田惇平氏が目を惹く。
音楽は自ら生演奏する鈴木光介氏、奏でる楽曲が素晴らしい。歌詞はよく聴き取れなかったが自然の精霊役女性三人組の生歌も名曲揃い。メイとガブが眠りに就いた時の美しい歌が印象に残る。
嵐や風や雨、吹雪や季節の移ろいを仮面を着けた者達の舞踏で表現。沢山のヒラヒラした布をフリンジ状にはためかせた衣装で、精霊達が舞台狭しと舞い踊る。雪の表現では、通常だと天井から紙吹雪がしんしんと舞い落ちるものだが、今回は精霊の役者達が走り廻り手掴みで投げ付けていく。猛吹雪のその効果も悪くない。
ただ、一幕は淡々として退屈。メイとガブがどうしてそんなにも互いの絆を特別に思ったのかが伝わらない。

嵐の夜に互いの姿が見えぬまま仲良くなった山羊と狼。翌日待ち合わせ場所で互いが敵対する種族であることを知るも、皆に内緒で特別な友達関係を続ける。だがその関係がどちらの仲間内からもバレてしまい、スパイ活動をするように強要されるのだが···。

ネタバレBOX

互いの社会的立ち位置に追い詰められたメイとガブ。メイは「私を殺す選択肢もあるよ」と言い、ガブは「そんなことができる訳がない」と返す。全てを捨てて谷川に飛び込む二匹。ここで第一幕は終わる。駆け落ちなのか、心中なのか、余りにも純粋で美しい。
このシーンから第二幕ラストまで、素晴らしい出来。これが手塚治虫や白土三平だったらハッピーエンドには成り得ない話。メイが喰われるか、どちらも死んでいるだろう。(原作のラストでは二匹共死ぬらしい。)

ディズニーや手塚のアニミズムの素晴らしさを再確認するような舞台。第二幕、冬の雪山の洞穴でにっちもさっちもいかなくなった二匹。何も食べられるものが無く、飢えて死を待つばかり。メイがガブに「このまま二匹とも死ぬ位なら本能に従って自分を殺して食べてくれ」と頼む。ガブはその要求を呑む振りをして外に出、裏切り者の抹殺にやって来た元仲間の狼共と殺し合う。「カムイ外伝」だ。

「法華経」の昔から、人は自己犠牲の物語に心を震わせる。
原作版「ジャングル大帝」のラストがまさにそれで、猛吹雪の雪山で瀕死のヒゲオヤジを救う為、レオはわざと狂った振りをして殺される。ヒゲオヤジはレオの肉を喰らい、毛皮を被って何とか生き延びるのだった。

「真ん丸い満月を見ていると嫌な事なんか全て忘れてしまえる」とガブがこっそり教え、二匹は並んでお月様を眺める。矛盾と謎に充ちた残酷な自然の理の中で、それは余りにも美しい光景だった。

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