これくらいやってほしい、よかった。
手塚、捩子、大澤、セゾン助成の名前にひかれて観劇。
ボリュームゾーンへの娯楽性は重視してないように見えた。
が、単なる思いつきとか、こういうことやっとけばそれっぽくみえるだろうとかではなく、ある種の信念というか哲学の背骨を通しながら、その上で、ひっちゃかめっちゃかにやってみるというかんじで、やるならこれくらいやってほしいという思いで見た。
設問、言葉、イメージ、身体から飛躍していって、リズム・音楽・祝祭。
抑圧からの解放。
神がかったような、気狂いしたような。
終盤のパフォーマンスは、ちんどん屋をかんじさせた。