生きる 公演情報 生きる」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★


    舞台の前のオケピットには14名のバンド、主要登場人物こそ絞っているがクレジット・キャストだけで29名。世界的名作映画の気合いのはいったミュージカル化の三演である。初演(18年)は見逃し、再演はコロナの真っ最中(20)で見ず、キャストも変り手も入れたという戸三演が初見である。
    もともと、明るく楽しいミュージカルの王道から行けば、「生きる」は大胆な企画である。
    映画が大当たりしたとしても半世紀も前、主人公は死に直面した冴えない中年男で、ラブロマンスもなく、劇は葬儀の中で進行する。ストレイトプレイがふさわしい息苦しい社会や家族環境の中で「生きる」ことの意味がテーマになっている。
    あの映画「生きる」がミュージカルになるのだろうか。大詰め近くの「ゴンドラの唄」(作詞・吉井勇 作曲・中山晋平)がクライマックスになっているという音楽との親和性だけで、ミュージカル化を図るほど、東宝はお人好しではない。映画だけではないミュージカルのテーマも広がってきたことを視野に入れての、三演だろう。確かにエイズの死を生々しく描いたロックミュージカルの「レント」は日本キャストの公演だけでなく、ツアーの劇団もしばしば来日している。
    昭和27年という時代設定はそのままだが、時代に合わせての脚色もある。
    大きくは、主人公の「生」に立ち塞がる「お役所仕事」は後退して、「息子」の造反が大きく主人公の最期のバネになる。唯一、脚色で大きくなっているのは息子の妻だが、かえって、息子夫婦の役割がわかりにくくなった。
    映画で小田切みきが好演した退職していく若い女性職員の転職動機の「退屈でつまらない」は、今風だと思うが、彼女の環境も動機にもほとんど触れていない、舞台でやれば長くなるので効果を考えて切ったのだろうが、彼女が職員にあだ名をつけていき、最期の主人公に「ミイラ」という処など、これだけでは「お役所」が解らない。惜しい。
    やはり、小田切みきにおもちゃの兎を見せられて、何か作ってみては、といわれる主人公の回心が、この作品のクライマックスだろう。映画はここで誕生日祝の女学生のパーティを背景に持ってきていて(このあたりホントにうまい!)、最もミュージカルになりやすい名シーン。ヴァースもソングも目一杯(15分は無理かも知れないが10分は間違いなくいける)作れるところなのに、あっさり処理してしまっている。
    「ゴンドラの唄」は原作映画のイメージシーンにもなっているが、現実には、映画の中でも最期の唄として歌われるところではほとんど聞こえない。舞台ではそれではどうにもならないので、(ここで息子を出すために息子を大きな動機になるよう持ってきたのかも知れないが、これはどうも、虻蜂取らず、という感じだった。映画のようにオケ処理のラストでも良かったのではないか。
    映画は半ばで、いよいよ主人公が仕事に取り組むところで、突然、時間を飛ばして後半は主人公の葬儀に場での回想形式になる。ミュージカルは、二幕もヤクザの脅されるあたりまでも時間通りに進む設定になっている。映画と舞台の違いで、この方が舞台的と言われるとそうかも知れないとは思うが、説明的になってしまったとは思う。なくもがなのヤクザの赤線地帯開設の話や助役の芸者遊びなどは今風ではあるが、ありきたりでさしておもしろいエピソードでもなく主人公の追い詰められていく過程に効果的だったとも思えない。結局葬儀の席も使うのだから市役所職員のお役所仕事を薄くするだけでなくドラマの幅も薄くしていったと思う。
    一幕二幕ともに60分、休憩25分。これでは、映画より中身は30分ほど短い。短くするよりも、もう少し内容を入れても名作を生かしたミュージカルにした方が良かった、とも思う。
    と、原作が世界的な評価があるだけに注文も出てくるが、国産のミュージカルを作るからには、こういう名作で、という東宝の心意気は高く評価したい。ホリプロも経験者が多いだけに、国産ミュージカルには期するところがあるのだろう。それだけのことはあった。しかし、世界市場へ打って出るには後もう少し、練る必要があるだろう。国産ミュージカルの弱点は歌詞と音楽のミスマッチがよく言われるが、さすがに半世紀の経験を経て、この作品は作曲は外人ながらよくまとまっている。これからは日本の狭いミュージカル部落だけの人材起用でなく、優れた劇作家に積極的に脚本・歌詞を移植して、長い時間とトライアルで練っていく、という行程に参加して貰うことも、その時期にきていると思う。
    俳優も、映画とは時代が違うのだから戸惑うことも多かったろうが、市村は志村とは違う主人公を見せて好演。脇も、唄も踊りもミュージカル俳優が育っていることはよくわかった。小田切を安直に黒江町の婦人会一緒にしてしまうなどという軽挙はこれからはなくなっていって欲しい。せっかくの独立の個性がなくなってしまう。



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