オペラ『変身』 公演情報 オペラ『変身』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    歌の力で『変身』を見せる
    一体どのようなして、あの陰鬱な『変身』をオペラで見せるのか、ということが気になって出かけた。

    歌の力は凄いと感じざるを得ない。台詞としての歌がいいのだ。
    陰鬱は陰鬱なのだが、家族の、特に妹の気持ちが痛いほど伝わってくる。
    家族を想う強い気持ちだ。
    シンプルなセット・装置が、観客の脳内でうまく想像を膨らませ、見事な舞台となっていた。
    特に、虫の脚に見立てた椅子の脚が、逆にグロテスクさを増していたと言っていいだろう。

    ネタバレBOX

    物語は、カフカの『変身』を語るところから始まる。
    途中ではその設定は出てこないのだが、見方を変えれば、全部が彼の話す物語であるともとらえることもできる。
    全体のストーリーはほぼ原作に忠実だと言っていいのではないだろうか。

    主人公ザムザの苦悩と困惑、また、彼の家族の、やはり苦悩と困惑、さらに彼と彼の家族との関係が物語の中心になる。

    物語は、あまりにも理不尽で不条理なものなのだが、それに対する家族たちの距離感が、軸になる。
    すなわち、驚き、受け入れ、拒絶という道筋を辿っていく。

    この理不尽で不条理な物語は、先日観た映画『ショージとタカオ』に重なってきた。ショージとタカオは、布川事件でえん罪を訴えている人たちであり、獄中で29年間、仮釈放されてから14年間戦っている。映画は彼らの14年間追ったドキュメンタリーだ。

    『変身』の主人公ザムサの姿が、えん罪という、理不尽で不条理な状況に追い込まれたショージとタカオのように見えたのだ。
    えん罪と訴えていたとしても、世間からは犯罪者にしか思ってもらえない。それは、気味の悪い虫に変身したのと同じで、世間からは拒絶されてしまう。本人にとって、その状況は逃れられないし、あまりにも理不尽である。
    もちろん、家族にとってもそれは同じで、肩身の狭い思いをしてしまうのだ。
    ショージとタカオは、家族や多くの支援者のもとで、再審請求をし、その判決を待っている。

    一方、ザムザは、家族からも見放されてしまう。
    これは辛い。やはり救いようがない物語ではある。

    これは、私が感じた、あくまでも極個人的な『変身』の感想だ。

    この舞台では、ラストに原作に追加されたシーンがあった。これがこんにゃく座からのメッセージなのだろう。

    それは、貨車(汽車?)にぎゅうぎゅうに乗せられた人々がスモーク(ガス)の中に消えていくというものだ。

    これは単に、去っていくザムザの家族を思わせるものだけではない。
    中間部分に戦争の香りを振りまいていたこと、舞台がチェコであること、さらにユダヤ系だったカフカの出自を考え合わせると、先日観た舞台の『国民の映画』で語られていた、いわゆる「最終解決」のことを指しているようである。

    原作にはないこの部分が、脚本家が込めたメッセージだったのかもしれない。

    つまり、ある朝、虫になっていたという理不尽な状況を、社会からつくられ、命を奪われるという不条理がある、というなのだ。

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