満足度★★★
シンプルで繊細。佐藤泰志の世界に浸る
映画『海炭市叙景』の原作者として多くの目にとまった(私もその一人)亡き作家の舞台化は初ではないだろうか‥。本作は昨年映画公開された作品なので映画の影響もありそうだが、私は見ていない。映像で見たいと思った。佐藤泰志の描く名もなき人々の孤独で荒涼として、微かに温かい人間模様が、滲みいる。主人公は何かに挫折したらしい寡黙な青年。ある日たまたまパチンコ屋で知り合った男の家で、その男の姉と出会う。男と女、二人の心の流れ合いの帰趨が静かに描かれて行く。この静かさは映像向きだ。また擦れ切った女の心のさざ波のような動揺を表現するのも難しそうだ。だが、舞台は作品世界を誠実に伝えてくれていた。
二人の間に位置するヤクザまがいの弟の存在がユニークで(真の主人公は彼と言えなくもない)、障害として存在する弟の兄貴分や、主人公の妹(遠方から手紙をよこしてくる)が介入しながら、一見砂漠に水を撒くような無意味にもみえる男女の関係に、血が通って見え始めるのだ。否、そういう事もあり得ない事ではない、という希望が見えるに過ぎないのだが‥作者はそこに小さな光を差し込ませようとしたに違いない。この小さな投げかけが、受け止める者の中で、強い確信になって行く。佐藤泰志の背中が、また少し見えた気がした。