ふつうのひとびと 公演情報 ふつうのひとびと」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.6
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  • 満足度★★★

    物語性のある玉田企画劇
    この日のアフタートークによばれた歌人枡野氏は、「物語性があった」事が従来の玉田企画と異なると指摘し、それはそれで良いのだが、と前置きしつつ、「物語」の限界性を語っていた。玉田氏はこれまでの思い付いた場面を並べるだけでなく、全体としてまとまりのある物語を描く事を目標にして書き、その苦労があったと述べていた。
    私はその「物語性」のお陰で楽しめた。ただそれを(他の芝居のように)貫徹せず、抜いてる所は玉田企画ならでは(といっても前回と今回2度しか見てないが‥)と感じた。
    自分の願望を反映した「物語」なら歓迎で、そうとも言えない場合に「物語」への危惧を感じる、という事ではないのか。と、仮説してみた。完成度の高い人情劇は、その架空の設定の中ではリアルであり、現実には見られない事かもしれないが、「あり得る」現実という意味では希望は持てる、的な意味合いで歓迎されるし、演劇は「あった」事として観客の胸にそれを刻むだけの力がある。人間、捨てたものではない、など。この「物語」が、どれだけ現実から捨象するものを少なくとどめられるか、言い換えれば様々な人間社会の困難を含ませ得るか、によって、希望の深さ、感動の深さも違ってくる、という事もある。
    だが結局の所、「まとまった物語を作る」という作業の中に、無理を抱え込む面があり、その弊害を枡野氏は強く感じる人なのかもしれない。「嘘」が混じること。
    私は、ドラマの完成度について懐疑的な人間だが、感動を求める自分は確実にある。感動が心に何かを刻むのであって、一見何でもない場面でも、その人の中に関連づける何かがあれば、記憶に残る。「物語性」の少ない方が深読みや主観的な解釈が「可能」なのは確かでも、ある場面や台詞単独では心に残りづらい。それは「感動」(感慨とか感興とかぐっと来るとかオッと思うとか)とセットでないからだ。物語はその意味でとても有効なのだ。が、ウェルメイドな物語を指向すると現実から離れるという事も起き、その時間は楽しくても「現実」との繋がりが希薄である分だけ記憶に殆ど残らない、というのも事実であるように思われる。完成度というのは眉唾なのである。引っかかりの無い演劇を演劇と認めて良いのか私は疑問である。
    一般論で終わりそうだが・・枡野氏の指摘の通り、この芝居はキャラクターを的確に演じた俳優の優れた働きで、お話の世界がしっかり構築されていた。

    ネタバレBOX

    内容に少しだけ踏み込めば、「物語性」はダラダラと過ごしている主人公(たけし)が以前店を出す夢を追って、岩崎という男と上京したのだが、今は実家に帰って来ており、今日が命日で墓参り云々と言ってる会話の「死者」が実はその岩崎という男だと中盤で判る。これで物語性がぐっと増すが、なぜ、どういう風に死んだのかは明かされない。ただそうまでして何をしに東京へ行ったのか、という問いが喉にささった骨のように彼を「前へ出る」行動を控えさせている、という様相が見えてくる。このたけしのぐずぐず具合を俳優は好演していたが、彼を突き上げる役回りである彼女(咲子)はと言えば、彼の頼りなさゆえか、彼の兄と不倫関係にある(これはどちらかと言えば兄の経営能力はあるが異性へのぐずぐずさを強調する逸話のようだが)。たけしとの関係を精算したいのか、期待しているのか、で言えば後者と見える言動がみられるのに(それがためにぐずぐずの彼が我慢ならないはずであるのに)、終盤ではそういう彼も許してしまって仲良しに見える。実はこれはもう男に期待しなくなった兆しともとれるが、「物語」はそこを深追いせず、スルーしてしまってる感じがある。
    この事で、先の議論を続けるとすれば、、彼女の本心が見える言動を付け加える事で、事前の行為の意味が判り、観客には強く印象づけられるに違いない。だがそれをしないため、色んな解釈の余地を残すことにはなる一方で、殆どの場合は気づかずにスルーされることと思う。
    このことからしても、「物語性」の追求は、作者の人間観、社会観を伝える有効な手段である、が、これを追求するのは難易度が高く、リアルが犠牲になる事もあり得てしまう。どちらが優れているとも言いがたい。
    俳優は好演したが「物語性あり劇」としてはもう一歩という所で☆三つ。
  • 満足度★★★★★

    学生が登場しない、玉田企画としては異例の劇/約100分
     滑稽なものとしての日常生活がリアルタッチで描かれるのはいつも通りだが、旅の夜という“日常の中の非日常”、言わばハレの時間を描いた前三作とは違い、今回描かれるのはド日常。
     順に中学生、高校生、大学生の物語だった最近三作品と違い学生が登場しない本作は29歳無職の主人公に重いバックボーンがあり、ビターテイストが強めだが、そういう重さを宿しているところが我々の生きる日常により近く、また主人公の草食男子っぷり、屁垂れっぷりが自分に重なり、時に身につまされ、時に主人公のダメっぷりに苦笑しつつ、強く強く感情移入しながら最後まで興味深く鑑賞しました。

     でも、いつもより重めでも、描かれていることはこの劇団の従来作品と大きくは違っておらず、“色々あるけどなんだかんだで楽しい人生”が描写対象。
     今作も楽しいシーンが他のシーンより強い筆圧で描かれていて、たくさんたくさん笑いました。

    ネタバレBOX

     回想シーンを挟みながら話が進む、この劇団としては異例の構成にもビックリ。
     でも、この構成の妙により、最後はジィーンとさせられました。
  • 満足度★★★★

    修羅場前夜
    あるいは

    ネタバレBOX

    スナックの店長兄弟や従業員を巡るぐじゃぐじゃした話。

    営業が終わった後に事務仕事があるが浮気を意味していることが弟に知れたらどうなるのか、ストーカーに連れ出された女性は実際どうなったのか気になるところでした。

    修羅場前夜まで、あるいは何事もなく過ぎていく様子を描こうとしたものかと思いましたが、前田司郎さんとのアフタートークを聞いてしまった後では、そこまで辿り着けなかったのではないかとも思いました。

    そして、自殺した友人と東京に出て飲食店を開こうとしたときの夢を語った件が二度あったこと、特に犬を飼う話がダブったことなどへのダメ出しは適切で、さすが前田さんだと感心しました。

    ところで、都合が悪くなるとスマホをいじる癖のある店員についてですが、ストーカー男が騒いだときにその所作をし始めましたが、もしかしたら下手端のお客さんには見えなかったのではないかと心配しました。スマホを頭上に掲げたのは誰にでも見えたでしょうが、そもそもそんなわざとらしいシーンはあざとくて嫌いです。最初のこっそりいじるシーンをさり気なくきっちり見せてじわっと笑わせるのが大人のたしなみだと思いました。
  • 満足度★★★

    ネタばれ
    毎作、毎作面白のは確かだ。

    ネタバレBOX

    玉田企画の【ふつうのひとびと】を観劇。

    平田オリザの口語演劇とポツドールのリアル感を上手い具合に融合して、物語を作る劇団。

    碌に働きもしない20代後半の剛司は、兄のスナックで働いている咲子にべったりな生活をしている。
    そんな剛司も以前には、曖昧な動機で、レストランを友人の岩崎君と東京で始めたのだが、失敗して借金をこさえてしまい、
    岩崎君も失ってしまう。
    そしてなんやかんやと咲子に言われながらも、過去の失敗すら全く振り返らず、怠惰な生活を送っているのである。

    地方での貧困、都会への憧れなどを裏テーマとして描いている風にも取れるのだが、観客に見せられるのは、ただただやる気のない剛司の生活風景だ。
    何でそんな覇気のない人間になってしまったのか?の疑問すら演出家は投げかける事もなく、剛司の堕落な日常を永遠と描いている。
    そして観客は仕舞には剛司の生き方に嫌悪感すら感じなくなってしまうのである。
    まさしくそれこそが、日常を生きている我々のふうつのひとびとの生活様式ではないだろうか?

    決して傑作ではないけど、毎作、毎作面白い。
  • 満足度★★★

    誇り
    面白い。105分。

    ネタバレBOX

    剛史(木下崇祥)…咲子のヒモ。岩崎と上京し店を持つ。
    正志(吉田亮)…剛史の兄。飲食店経営。咲子、直見と浮気する。
    咲子(菊川朝子)…微妙な兄弟と関係する微妙な女。
    戸田(大山雄史)…店の従業員。元卓球部。童貞の疑いあり。
    西田(飯田一期)…新米の従業員。すぐにタメ口になるが、イザとなると頼れる。
    直美(島田桃依)…自分の店を持つため退職する。吉本からストーキングされる。
    吉本(用松亮)…直見の元彼。直美が浮気していると感づく。
    岩崎(成瀬正太郎)…死亡した。

    相変わらず、会話で笑わせてくれる。そういうとこ上手いななんて思う。ただ、話的にはやや魅力に乏しい。中盤ダレる。
    とはいえ、送迎会の一次会の居酒屋トラブルで携帯に逃げてた戸田が、二次会での吉本と直美のトラブル時にも携帯を弄ってるという、みせ方が上手い。大いに笑った。

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