満足度★★★★★
STEP UP TO THE NEXT STAGE
劇団ハーベストとは、その名の通り劇団であり、定期的な演劇公演を活動の主とする演劇集団です。数ある劇団の中で際立つ最大の特異性としては、メンバー全員が高校生から20歳以下の若い女性であるという点が第一に挙げられます。
「劇団」と名乗ってはいるものの、ルックスにも恵まれた若い女の子たちのグループである以上、世間からある程度はアイドルグループであるかのような眼差しを受けてしまう事は免れません。実際、Twitterに公演の感想を書いているアカウントのプロフィールを見ると、アイドルグループのファンと想われる方が多く見受けられます。また、開演を待つ間の客席ではアイドルに関連した会話が聞こえてくることも多く、劇団ハーベストは特にアイドルファンの間で愛好されている劇団と言えそうです。
今日のアイドルという芸能ジャンルを特徴づけるものの一つに、ファンとメンバーとのコミュニケーションが楽しまれているという点があります。多くのアイドルグループでは、握手会をはじめとしたイベントでの直接の会話や、SNSやブログのコメントなどを通じたやりとりによって、ファンはメンバーにライブの感想や励ましの言葉を送り、またメンバーもそれに応えるというように、ファンとメンバーとの間で生じるコミュニケーションが大きな楽しさの一つとなっています。
劇団ハーベストでも、特にそれを外部に向けて訴求してはいないものの、メンバー自身によるグッズ販売や、終演後のメンバー全員によるお見送りといった、観客が直接メンバーと会話したり、公演の感想を伝えたりという機会が用意されています。公式ブログは高い頻度で更新され、メンバーの公演に対する意気込みや、公演直前直後の率直な心情の吐露などがファンに共有されています。演劇公演そのものだけでなく、メンバーの心情や成長過程を見守ったり、メンバーの奮闘を垣間見たり、メンバーとコミュニケーションしたりという楽しまれ方が劇団ハーベストの特徴の一つでもあり、それは劇団というよりもアイドルグループのそれに近似しています。
では、劇団ハーベストとは歌やダンスではなく演劇をメインの活動としたアイドルグループの一種なのでしょうか? 今作「明日の君とシャララララ」は、同劇団がその問いに対して改めてNOを表明した公演でした。
アイドルグループが行う演劇、所謂アイドル劇は、通常の演劇とは異なり、作品そのものよりも出演するメンバー自身を訴求力とし、企画そのものがメンバーの出演ありきで成り立っているものが多くあります。そのため、セリフ量に差はあったとしても、大抵はメンバー全員に役が与えられ、何らかの見せ場が用意される場合が殆どです。(劇団ハーベスト初期の作品である第3回公演「位置について!~girls start up!~」はそちら寄りの構成だったように思えます。)
しかし本作では、メンバー全員に役が与えられる事はありませんでした。オーディションにより出演者を選考し、その結果、本編の舞台に立てたのは13人のメンバーのうち8人のみでした。劇団員である以上、本当は一人の例外なく全員が本編の舞台に立ちたかった事でしょう。しかし、メンバー全員を出演させることよりも作品の完成度を第一としたこのストイックさは、決してアイドル劇のものではありません。
これまでの同劇団の公演とは大きく方向性を変え、出演者を絞り込んだというのは、かなり思い切った決断であったと推測します。しかし、この公演を通して観客に何を伝えたいか、何を創りたいかという、一本芯の通ったブレない軸があったからこそ、作り手もメンバーも恐れるものは無かったのでしょう。考えてみれば、劇団員全員が毎公演で必ず役を得られる訳では無いのは普通の劇団なら当然です。オーディションに落選して前座のみの出演となったメンバーも、自ら裏方を志願したメンバーも、皆が一丸となって作り上げた本作品を通じて、劇団ハーベストは美少女演劇集団と呼ばれるような存在ではなく、当たり前の、普通の劇団へと大きく歩みを進めたと言えるでしょう。
もちろん、本公演がアイドル劇ではないという裏づけはそれだけに限りません。もしもアイドル劇を想像しながら劇場を訪れた人、あるいは女の子だけの劇団というだけでクオリティに疑問符をつけながら観劇に臨んだ人がいたなら、本公演の完成度の高さに必ずや驚いたことでしょう。脚本にはメンバーへの当て書きやファン向けの内向きの要素などは一切ありません。本作で重点が置かれているのは純然たるメッセージ性であり、描かれているのは「命」と「自立」の物語です。実際に公演を観た人の感想は、アイドル劇にありがちな、どのメンバーが可愛かったとか、誰々が頑張ってたなどというところに収斂するものではありません。物語が進行するにつれて、客席のあちこちで聞こえてくるすすり泣く声。それに交じって自分も中盤からは涙が止まりませんでした。ラストシーンの満開の桜と共に、この作品を観て流した涙はいつまでも心の奥に咲き続ける事でしょう。
これだけ演劇ファンにも充分届き得るようなクオリティの高い公演を打ちながら、ある一定の客層だけが客席を占めている現状は非常に勿体無い。次回の夏の公演が開催される中野の劇場MOMOの客席数は90席で、今回のシアター711と同程度です。ここのところ小さな劇場での興行が続いているのは、単に劇団の台所事情なのか、それとも何らかの意図があっての事なのかは判りません。しかし、メンバーとのコミュニケーションをはじめとした、アイドル的な楽しみ方をするファンには、同じ公演を何度もリピート観劇するという特性があります。ここから危惧されるのは、もしこのまま小さな劇場だけでの公演を続けているのでは、既存のファンで客席が占められたまま、新しいファンを劇場に入れることができないのではないか、また、アイドル的な楽しみ方を求めるファンが多くなれば、一般的な演劇ファンに敬遠されやすいのではないかという事です。
今回の公演で劇団ハーベストは普通の劇団に一歩近づいたと先ほど書きました。しかしその事と、終演後のお見送りや自ら物販を行うようなアイドル的な振る舞いを続ける事とは些かの齟齬を感じます。観劇後に直接メンバーに感想を伝えられるのは得がたい機会ですし、この上なく楽しいものです。自分自身それを楽しんでいますし、メンバー達も楽しんでいるものと信じます。しかし、彼女達の魅力はコミュニケーションの往還にこそあるわけではないはず。そういった要素が無くとも、これだけクオリティの高い公演を見せることができるならもう充分なのではないでしょうか。
劇団ハーベストはどこへ向かい、今後どうなっていくのか。遠からぬ将来、女優として巣立っていくメンバーも出てくることでしょう。メンバーの卒業・加入を繰り返しながらさらなる高みを目指していくのか、それともいつか泡沫の夢として消えてしまうのか、それは誰にも判りません。
劇団ハーベストの創る舞台のクオリティは非常に高いものですが、それだけでなく、メンバーとのコミュニケーションの楽しさも大きな魅力の一つとなっています。しかし、そうした要素を楽しみながらも、彼女らがそれを訴求力としない場所へと早く歩みを進めることを、作品のクオリティのみで勝負できる、当たり前以上の劇団になることを心から願って止みません。
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上演時間1時間50分。直球の演劇で涙ぐむ人もけっこういた。笑いも適度にちりばめられいて観易い良作だった。一方でスタッフの不手際が気持ちを引きずってしまったため、公演としての評価は不能となった。