満足度★★★★★
38度線
休戦後も分断が続く38度線に接する幼馴染同士が、珍妙な商売を始めた。儒教の伝統が、今も色濃く残る韓国、北朝鮮の人々には、冠婚葬祭の儀式も古い形が、日本より遥かに根付いている。親族・倦族が分断されたケースも多い。肉親の情は断ちがたいから越境する者が出てくるのは、必然である。命を落とす危険があっても、38度線を越えなければならない事情があるのである。こんな需要があるので、幼馴染が始めた越境ビジネスは、大儲けできたのであった。然し、彼らの拠点の間近に政府が、公式往来窓口を開設した為、彼らの商売は上がったりとなってしまった。
然し、長い間続いている分断で、分断故に儲けけている者も多い。そんな連中が徒党を組んで分断復活を企む。このことが功を奏して、再び活況を呈してきた越境ビジネスであるが、脱北後、統一を信じて越境ビジネスを手伝い、春を鬻ぎ、地雷を除去してきたオッカの「私たちの願いは統一」の歌が流れる。