ぼくなんて好きにならない君が好き 公演情報 ぼくなんて好きにならない君が好き」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    今後に期待大!
    山岡太郎さんが関わった作品で、私が観た中で、一番面白かった。

    大学での新人公演のために用意された作品でであるという状況・条件を最大限に利用して脚本・演出が為されている。そういう意味では、学生にしか作れない作品であるが、その強度は学生演劇の域を出ている。

    しかも、社会意識のとても強い作品でもある。
    ただ、その社会批評さえもエンターテイメントの道具になってしまっているところがあるので、その点をどう評するかは難しい。
    単に物語を彩る材料にしているという以上の脚本ではあるが、
    その問題意識を深めて脚本ができているとも言えない。この点は難しい。

    ネタバレBOX

    2013年7月15日14時6分、東京駅連続死傷事発生、という設定に、
    秋葉原事件のことを想起したが、それは早計で、物語はその期待を裏切る。
    別の社会的事象が物語に投影されている。

    明大の「実験劇場」は、大学と通じていて、更にその裏では国家権力とも繋がっているという物語設定。その国家の意図で、実験劇場は組織されている。「役者になるということは、徹底して自己を否定し、他人を演じるためのからっぽな身体にならなければならい」という洗脳が役者訓練として為される。そうして訓練された役者は、自我を捨て、国家的な不都合で隠したいイベントや不祥事などがある時に、わざと事件を起こし、国民の意識を逸らせるためのテロリストとして利用される。

    その実験劇場に、何も知らずひょんなことから入ってしまった主人公:木下キイチ。母のいない家庭で育ち、自分は普通ではないというコンプレックスから、「普通」であることに必要以上に固執する。その為、実験劇場には洗脳されなかったのだが、普通であることを守るため(恋人を守るため?この辺がちょっとよくわからなかったのですが、、、)、脅しに負け、結果として実験劇場の指令に屈し、テロ事件を起こすことになるという話。

    一見、荒唐無稽な話のように思われるが、
    今の社会では、「自我を捨てることで苦しみから逃れ、自分のためではなく他者のために働くことで社会はよくなる。」というような東洋思想的、スピリチュアル的な考え方が、巷に溢れている。その考え自体は悪いことととも言いきれないが、問題は、ブラック企業と言われる会社などが、この論理を社員教育に利用しようとしている(参照:斎藤貴男『カルト資本主義』)。
    また、ある都合の悪い政治的問題を隠す為に、別の政治的情報をリークすることで、国民の意識を逸らすというやり方は、為政者の常套手段である。ささすがに、テロまでは起こさないだろうが、このような情報操作自体は実際によく行われている。
    更に、「普通」であることを演じ続け、ヘタに目立ったりして、ある集団から排除されないようにするというのは、最近の若い人には顕著にある傾向だと言われている。
    これらの社会問題への批評がこの脚本に込められているのではないか。
    素晴らしい視点だと思う。

    ただ、それらの問題は、物語の展開と共に深まることはなく、テーマとして出てきても単にそのまま終わってしまう。それが少々残念だった。物語の中心テーマである「普通」という問題でさえ、展開はしても深まっていくという印象はない。悪い言い方をすれば、社会批評がエンタメの道具になってしまっている。

    それでも、新人公演を演じる1年生のために、明大の実験劇場に入るという実際の現実と、「役者とは自己を空白にして他者を演じることなのか?」という役者自身への問題提起と、それらが社会的な問題とも重なっているという3層のことを、シンクロさせて脚本を書き、実際に演じさせるということは凄いことだ。

    演出面でも、都会の雑踏の中で、顔も名前もわからぬ匿名の人々が東京駅を往き交うという場面の演出など、本当に秀逸。この場面は冒頭と最後に繰り返される。

    また、まだ1年生での初舞台だから、細かい演技で魅せることができないからと判断したのかどうかはわからないが、演技の上手い下手とは関係ない若者のエネルギー自体を舞台上に乗せるということに成功している。それによって、1年生が初めて舞台に立って作ったという素人くささはほとんど感じなかった。

    脚本も素晴らしいが、演出もかなりの力量。

    役者として面白かったのは、新人公演で上級生を褒めて申し訳ないが、宝保里実さん。(駄目なダーウィン社『いのちだいじに』で少年を演じていた役者さん)強く惹きつけられるものがあった。
    1年生たちのエネルギー溢れる演技も、初舞台にかける意気込みも、素晴らしかった。

    山岡太郎さん、ならびに実験劇場の活躍は、今後も眼が離せない。

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