喋々喃々 公演情報 喋々喃々」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    面白かった
    落語「ねずみ」をモチーフにした物語。ライバル旅館による画策によりいろいろあるが、特に婚約者(劇中では結婚してると言ってたか?)に対し疑心暗鬼にさせられるが、婚約者が男気を見せ、最後は、雨降って地固まる的な展開でした。
    飛行機内を舞台にし物語が進んでいくが、若干、機内ではギリギリかなと思うエピソードもあった気もしたが、エピソードの起こし方もタイミングよく考えられており、最後まで楽しく見る事ができました。面白かったです。

    ネタバレBOX

    機長の衣装、あそこまでしっかりしてるんだから、袖のラインまでキッチリ4本にして欲しかったかな(LCCはあれで合ってるなら、ごめんなさいだが)
  • 「見て 面白い」を追求する、現代版「ねずみ」


    落語は、歌舞伎から派生した日本の伝統芸能である。
    歌舞伎を1人で演じる試みが、座布団に座り、使える小物は扇子と手拭いだけ、後は噺家の力量のみの「寄席」という世界を生んだ。

    2012年、桂小三治師匠の落語を聴きにいったことがあった。
    「生まれはUSA、えー山口県宇佐市」の紹介を 冒頭に盛り込み、客の心を掴む。
    「落語はむかし、花形の歌舞伎演目の後にやっていたんですね。落語をやるのは暗くなってから。灯籠の芯をパチンとするのも噺家の役目だった。芯を打つ、芯、打ち、そこから『真打ち』という言葉が出来たんですよ。だから当て字ですね」

    落語は、噺家のしゃべり、振る舞い、雰囲気を観客が具体的に構成する、極めて高度な伝統芸能といえる。
    それと対比できるのが、映画である。『スパイダーマン』はアクションシーンの人間の顔にもフルCGを使用し、製作者サイドが具体化された画を提供する。

    ニコニコ動画を運営するニワンゴの執行役員を務める片岡義郎氏は、具体的=完成されたジャンルとしての映画と、観客によって脳内再構成されるジャンルとしてのアニメーション、並びに舞台を対比する考えを主張されている。


    落語と演劇、この二つには途方もないギャップがあることは間違いない。だが、片岡氏が主張するジャンルの対比によれば、明らかに同一のジャンルではないか。


    桂三四郎 師匠の噺=「ねずみ 」 は、関西弁がいい味を出す、そっと耳に入る聴きやすい内容だった。「ねずみ屋」の質素な屋内が目に浮かぶ。
    31歳だそうだが、端正な顔立ちをされているので、現代的なビジュアルである。
    それが、落語家も今、同じときを生き抜く人間なのだという事実を気付かせてくれる。



    ※ 続きは、バレてないネタバレへ。


    ネタバレBOX


    シチュエーション•コメディの決定版だった。

    近年、一度破綻した日本航空をよそ目に急拡大中なのが格安航空会社LCCだ。格安の航空チケットに人は集まるが、人的•物的サービスは劣るとされる。

    それをネタにした(?)イケメンに珈琲を無料サービスしてしまうLCCキャビンアテンダント、婚約中の男女、企業の温泉地再開発を巡り集まった社長、秘書のほか、獣医、タレント外国人、エコノミークラスのハッカー、謎の女性などが飛行機のビジネスクラスに搭乗。
    遥か大空で巻き起こる、壮大な笑い模様に会場が「寄席」になった。

    舞台の骨子以外、その「おまけ」の部位にこそ真価があったと私は思う。
    千寿江が今は亡き父の回想を語るシーン、父は  小麦粉を顔面に浴び、パイを投げられ、びしょ濡れになり、熱々のおでんを食らわせられる。
    もはや、ダチョウ倶楽部ではないか。
    他の出演者も、若干、ガチに笑っているのは、これは演劇から外れた番外編コーナーであることを示唆する。

    他には、謎のタレント外国人•カエサルによる、ショータイムのコーナーがあった。
    千寿江に お題が出され、彼女が それを回答するゲームだった。
    十分に楽しめたが、ラストの お題で彼女が周りに聞こえるように回答することなく、カエサルに耳打ちしたことは納得がいかない。
    空気の流れ、としては言っちゃう流れだったはずだ。


    落語と演劇は、同一のジャンルにあると述べた。しかし、同じ陸上競技であっても、短距離走と棒高跳びが違うように、それぞれしか持ち得ない特色はある。
    制作者の意図を考えたい。

    落語の後に、機内のシチュエーション•コメディが繰り広げられたわけだが、シチュエーションだけにセットから何まで「リアル」だし、番外編コーナーでは「視覚」を重視。かつて日本中を爆笑させた『8時ダヨ!全員集合!!』のようだ。
    もちろん、策略が囲うなか、男女が互いに愛せるか、という根本的なテーマも扱ってはいる。
    千寿江の、若旦那を愛するが故の嫉妬心、それは  大人を堪能させるだけの深い感情である。

    「視覚」でとる笑いは、落語では太刀打ちできぬ隙間かもしれない。
    桂三四郎師匠の 柔らかい落語を上演した後に、こうしたコメディを繰り広げたのは、舞台にしかない特色を出したかったからではないか。


    ラストは、常夏の国ハワイに到着。
    誰しもが気持ち良い気分で劇場を後にできる、そんな作品だった。








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