実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2024/12/07 (土) 14:00
座席1階
日本ではヘイトスピーチの対象となり、深い傷を負っているクルド人たち。国家を持たない最大の民族として、イラクやシリア、トルコなどの各国でも迫害されるなど悲劇が続いている。今作は、イラクから命懸けで日本に来たクルド人兄妹の物語。世田谷区の成城学園前にあるけいこ場のような小劇場での公演だ。
机といすにする木箱以外は、小道具がないシンプルな舞台だ。役者がはける出入り口も上手奥と上手の手前(客席につながる入場口)しかなく、下手には抜けられない。このような制約のある小さな舞台で、テキパキと場面転換して物語は進行する。あるときは成田空港、またあるときは荒川の土手、そしてレストラン店内と場面は移り変わるのだが、まったく違和感を感じさせないスムーズな演出だった。
役者のレベルも高い。特にレストランのウエイトレス役の小黒こまちは、泣きのシーンで涙がポトポト床に落ちるすばらしい没入感で客席をくぎづけにした。
物語は、イラクの地を脱出する場面から始まる。追っ手の政府軍から逃れるため、一緒にイラク国境を目指した兄妹は別々になって逃避行を続ける。兄は何とか成田空港に着くが、入国審査で偽造パスポートを見破られ、走って逃げる。現実なら絶対に捕まると思うが、空港を抜け出しクルド人の集住地域・埼玉県川口に向かう途中、荒川を泳いで渡ろうとして水死寸前となる。
一方、荒川土手近くで営業していたレストラン・エスペランサでは給料の遅配などもあってコックなどスタッフが辞めてしまい、休業の危機に。水死寸前の男性を救ったのはレストランで働くウエイトレス。コックをやっていたという経歴を聞き、実際に食べてみて味を確かめたオーナーの女性は、不法入国を承知で雇うことを決めた。
レストランは彼の力もあって集客を取り戻していく。だが、不法入国者を逃がすという失態を演じた入管の手が迫ってきた。
おもしろいのは、荒川でおぼれそうになるシーンだ。客席入口が大きく開いて大きな青色の長い布を揺らす演出。まるで舞台の背景の壁を倒して外の空気が流れ込むアングラ劇の一場面のようだった。また、冒頭に兄妹が政府軍に追われる場面など、せりふでなく切れのいいダンスで表現をして見せたのは秀逸だった。場面とはつながりがない意味のないダンスではなく、役者の動きそのものにせりふのような動きを乗せた、いい演出だったと思う。
きちんと取材された裏付けがあっての物語だと思おう。今やクルド人の問題を知らない人は少ないとは思うが、まったく知識のない観客にも分かりやすい展開で、丁寧に作ってある。公演はほぼ満席だというが、下北沢を通り越して成城学園前まで行く価値は大いにある。