実演鑑賞
満足度★★★
B
太宰治の『黄金風景』が大好きで、朗読劇ではなく上演するとのことで観に行った。だがちょっとこの作品を軽んじているようなブリッジ的扱い。いや『黄金風景』こそが太宰治文学の入口、全く小説なんか読まない層に扉を開く作品。もっと大事に扱って練り込めばいろんな可能性を刺激した筈。
基本は台本片手の朗読劇。バリアフリー字幕として台本がバックに全部投影される仕様。何人かのキャラだけが何も持たずに演じていた。特質すべきは選曲。クラシックの名曲が挿入されるのだが、驚く程センスが良い。大衆的でありつつ的を得ている。かなり詳しい人がやったのではないか。
①芥川龍之介『少年』1924年
関東大震災後の復興中の東京、満員バスに揺られる男、堀川保吉(やすきち)。所謂「保吉もの」と呼ばれる芥川龍之介の自叙伝的色合いの濃い私小説シリーズの一篇。
クリスマスの日、フランス人の宣教師(高田幸子さん)と少女(石田さよこさん)のあどけない遣り取りをバスで見た主人公(栗山寿恵子さん)。銀座のカフェ(現在のバー)で二十年以上前の子供時代(tommyさん)の追想に耽る。六篇のオムニバス。
女中のつうや(石田さよこさん)から受けた教訓。
風呂を出る父親(柴田恵子さん)の後ろ姿から感じた死のイメージ。
初めて見た海の色。
幻灯機に映し出されたヴェネチアの街並、窓から顔を出した少女の幻影。
両国の「本所回向院」での戦争ごっこ。「やあい、“お母さん”って泣いてやがる!」
大森海岸で初めて見た海の色が代赭色(たいしゃいろ)=やや明るい茶色=煉瓦のような色。
②太宰治『黄金風景』1939年
太宰治(深沢誠氏)が幼少期(秋津今日子さん)に女中のお慶(柴田恵子さん)を虐めていた回想。落ちぶれて窮迫した今、彼女達一家が訪ねて来るのだが。
③太宰治『貨幣』1946年
百円紙幣(片岡つぼみさん)が戦前戦中幾多の人々の財布を行き来し流転した回顧録を自叙伝風に綴る。傲慢な陸軍大尉(深沢誠氏)の相手をする身を持ち崩した酌婦(栗山寿恵子さん)のエピソードがメイン。酌婦は乳飲み子を育てている。この世にほとほとうんざりしていた百円紙幣が幸福を実感する夜明け。