実演鑑賞
満足度★
この劇団がアングラの見たい最後かもという期待で2回目の観劇
1回目より評価を下げた理由は数えきれない
唯一良い点
・俳優陣の身体能力と芝居
沢山ある悪い点
・SNSで俳優小林の37.5度あるけど楽日まで頑張る発信
・最前列、砂がかかりますというレベルじゃない。電球割れるとか流石にケガしそうで怖い
・席の誘導なんていう回路は全くなく、狭い最前列の前の通路を一体何人が通る?スタッフが通るのも全然当然みたいな顔
・芝居的には客を巻き込むあたりから要らんね
・1時間40分ってアナウンスだが終われば2時間
ゴキブリコンビナートのが客を何気に誘導してると感じた
そういう覚悟で見てるのと見てないのは大きく違うし
期待が大きかっただけにすごくがっかりしたってのが正直な感想
もう少し客サイドへの配慮あってもいいかな?
そう言うの全くないのが昭和って思ってるなら勘違いしないで欲しいかも
言葉で言うとガッカリってだけになるけれど
これ見た人達って本当に満足して帰ったのであろうか?
自分だけがおかしいのか??
実演鑑賞
満足度★★
見たかった劇団の1番で、やっと拝見出来ました。
コロナで始めた趣味もペースダウン気味で、そろそろいいかなって感じになってますw
ストーリーは置いておいて
開場前から場外でのパーフォーマンス、開場からステージでのパフォーマンスは凄く良かった。
毎度好みの問題なんでしょうけれど、好きなタイプの舞台と思われます。
しかし残念なところもそれなれり多くありました。
・全員で言うセリフのところは正直無い言ってるか聞き取れない
・最前列に座りましたが、前の通路が狭く何度通行人に気を使ったことか…これだけで疲れて帰りたいかも
・入場時に砂がかかるかものお知らせありましたが、目に入ってしばらく芝居どこじゃありません
そんな感じで今回は脚本とこの劇団が合っていなかったのか?
再度違うものを見たときに分かるのかな?
いまのところ自分の中では流山寺といい勝負かもしれない
実演鑑賞
満足度★★★
わたしはあらんとしてあるもので、あるとはすべてであり、わたしはあらんとしてあるもの。
『シュヴァルの理想宮』と呼ばれる建造物がある。1879年、43歳のフランスの郵便配達夫ジョゼフ・フェルディナン・シュヴァルが奇妙な形をした石に蹴躓く。その形に魅了された彼は家に持ち帰り、その日から石の収集を始める。集めた石を庭先に積み上げ、33年掛けて理想の宮殿を独りで完成させた。周囲からキチガイ扱いされながらもその見事な城塞は、彼の死後1969年、フランスの歴史的建造物に指定され今ではれっきとした観光名所。彼の人生は映画化もされた。
1985年初演、何度もフォルムを変えながら流転し続け今回で9度目に。テーマは『距離』。シュヴァルが石を積み上げ始めた時に思い描いたものとの距離。それは掛かる時間か、物理的な作業としての労働量か、それに費やす己の忍耐力か。そしてそれを創り出したいと思った精神世界の欲望との距離。どうして創りたいのか?他のものじゃ駄目なのか?本当に創りたいものはこれなのか?
全ての実現は願うことから始まる。その願いと自分の立っている場所との距離。目に見えないそれを伝える装置としての演劇。皆ランドセルを背負っている。
舞台前には砂漠に見立てた砂場。ある一家の父親が行方知れず。代役業のヤドカリ・𫝆村博氏が父親役を契約。母親は森ようこさん、息子は髙橋優太氏。失踪した郵便配達夫(違ったかも知れない)・螺旋は髙田恵篤氏。カタツムリは小林桂太氏。
「一人は不在(不明)で一人は他人」
『シュヴァルの理想宮』を絶賛したアンドレ・ブルトンの自伝小説『ナジャ』。ナジャことレオーナ・デルクール役は山田桜子さん。ロシア語で「希望」の意味を持つナジェージダ 、その言葉を縮めてナジャ。
ラモーンズの『Pinhead』に似たリフの曲が流れて興奮した。
森ようこさんは流石。こういう女優を育てていかないと劇団は続いていかない。
日本のPUNK ROCK史を語る上でアングラ演劇の系譜は欠かせない。小林桂太氏の小柄な肉体美は遠藤ミチロウを彷彿とさせる。スターリンは寺山修司だったんだな。逆に「万有引力」にスターリンを感じた。
前売りで全席完売、グッズ売り場に長蛇の列。
わたしはあらんとしてあるもので、あるとはすべてであり、わたしはあらんとしてあるもの。