かもめ 公演情報 かもめ」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「愛情と承認の物語」

     ドイツの演出家であるトーマス・オスターマイアー率いる劇場、シャウビューネが2023年に初演した『かもめ』である。初演からわずか1年あまりの来日に満場の客席が大いに湧いた。3時間半の上演が苦にならない充実ぶりである。

    ネタバレBOX

     いつもの静岡芸術劇場の舞台上に馬蹄形に客席が配置され、奥のホリゾント幕前には数脚の木製の椅子や机、ビーチチェアやカウチが置かれている。定刻になるとホリゾントには墨絵のような筆致でゆっくりと山肌が、つぎに大樹が描かれて、ここが自然のなかなのだとわかる。

     幕開きから意外だったのは平時から喪服を着ていることを嘆くマーシャ(へヴィン・テキン)と彼女に叶わぬ思いを寄せる教師のメドヴェージェンコ(レナート・シュッフ)の対話がボールを蹴りながら交わされた点である。まったくしめっぽくないばかりか演技スペースと近い客席にもボールが届くことになり戸惑いの笑みがこぼれる。この軽さと親密さが本作を貫く新しい感覚である。登場人物がまとっている衣装も現代の我々のそれと大差ない。これは誰しも経験しうる物語なのだという主張がここでわかる。

     とはいえ大筋はほぼ原作通りである。作家志望の青年トレープレフ(ラウレンツ・ラウフェンベルク)が恋人で女優志望のニーナ(アリナ・ヴィンバイ・シュトレーラー)に屋敷の庭で組んだ仮設舞台で新作を演じさせる様子を、トレープレルの伯父で屋敷の主であるソーリン(トーマス・バーディンク)をはじめ屋敷の人びとが鑑賞するも、トレープレフの母で女優のアルカージナ(シュテファニー・アイト)に失笑され上演を取りやめてしまう。原作ではニーナがトレープレフの書いた抽象的な台詞を謳いあげるが、ここではトレープレフはマイクを客席に向け小鳥のさえずりのような声を集めたり、全身タイツで世界創生のときにいたのであろう原始生物を演じたりしていてキワモノ感がより強く出る。

     挫折感に苛まれ森の中に迷い込むトレープレフをよそに、女優としての野心に満ちたニーナはアルカージナの愛人で新進気鋭の作家トリゴーリン(ヨアヒム・マイアーホッフ)に強く惹かれる。原作では30代の設定だが、後の幕で「年寄り」「理髪店のおやじみたいな髪型」と揶揄されるくだりがあった。この設定変更によってニーナの先行世代への羨望、もっと言えばファザーコンプレックスに近い感覚がより強く出るようになった。

     シュテファニー・アイトのアルカージナは貫禄ある大御所女優というよりも女盛りといった感覚で、マーシャの若さへの嫉妬やニーナとトリゴーリンが惹かれ合うことへの焦りの芝居が印象深い。自殺未遂をしたトレープレフの包帯を取り替えるときに互いに激しく罵り合うやり取りも、愛する息子への忠言というよりはまるでもう一人の若い恋人を批難しているように見えた。そうなるとトレープレフもアルカージナに対して、一人前の男として認められたいという願望を強く抱いているように見えてくる。これらの人物のやり取りを観るにつけ、『かもめ』は世代間対立の物語という側面だけでなく、愛情の行き違いから起こる承認の物語でもあるのだということがわかってきた。

     2年後にソーリンの体調を気遣い屋敷に戻ってきた人々が再会し、シャムラーエフ(ダヴィット・ルーラント)がトレープレフが撃ち落としたかもめの剥製をトリゴーリンに見せるくだりも原作通りだが、台詞をいくつかカットしてトレープレフが自身に向けた銃声が鳴り暗転して幕を閉じる。ここでもう一捻り、現代における上演意義を示してもらいたかったというのは叶わない願いか。

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