海と日傘 公演情報 海と日傘」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.8
1-4件 / 4件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

     タイゼツベシミル。華5つ。脚本、演技、演出、照明、音響、舞台美術等もグー。おっと、うっかり。今作を観て殆どの人が気付かないであろう、伏線について書き残した分を書き足した。

    ネタバレBOX

     舞台は作家兼教師の佐伯洋次とその妻直子の住いを中心に展開する。描かれるのは九州の或る地方、季節は日暮の鳴く晩夏から晩秋に掛けてである。因みに2人の住いは大家・瀬戸山夫妻の隣に位置し普段から何くれとなく大家の世話になっており、家賃の滞納も可成りある決してリッチとは言えない所帯だが直子の少女のように柔らかな感性と明るく在ろうとする姿勢、夫の浮気を知りつつ耐えているその愛の深さは描き方を一歩間違えば、怪談になってしまいそうなほどの深みを感じさせるのは、全体として極めて淡々と描かれる今作のトーンに直子の鋭く的確な感性と頭脳が明敏に反応し楔を打ち込むからである。洋次の浮気に彼女が気付くのも、後任の担当編集者・吉岡が洋次を「先生」と呼ぶのに対し先任の多田久子は「佐伯さん」と苗字で呼んでいたからである、更に掛かり付けの医師から洋次が倒れた直子の養生している隣室で医師から「余命3カ月」を告げられた後、非常に早い時期に自らの死期を悟って尚極力冷静を保つ直子の、その姿勢は多田とできていることに気付いて尚、洋次を念い尽くす姿の痛々しさとして描かれていることで観る者の臓腑を抉る。
     因みに今作の小道具で赤い蓋が用いられているが、それが何の蓋なのか分からないという挿話として描かれているが、無論、直子が公園で出会った小さな女の子が持っていた赤い水筒の蓋である。この挿話の大切な点は、女の子が水筒の蓋を使って既に空になった水筒から直子におままごとのように飲み物を注ぎ飲ませてくれた話に繋がっている。直子は殆ど無意識にその時の蓋を持ち帰ってしまったに違いない。その蓋が廊下に落ちていたのをこの日も立ち寄っていた大家の瀬戸山剛史が廊下で見つけたが、劇中では何の蓋だか分からないことになっている。然し乍ら、無意識にせよ、直子は幼い女の子が大切にしている水筒の蓋を持ち帰ってしまった点が重要なのである。直子の持つ少女のような純粋性は、幼女の持つ純粋性には敵わないことが示されているからである。直子は結婚している大人の女性であることがこのことで決定的に示されており、その大人の女である自分が病の為、愛してやまない夫の性の対象としては不適格者として自覚されていることをも示唆している。即ち病の所為で相手をしてやれない自らの不甲斐なさを背負っているのである。これが浮気を許さざるを得ない直子の夫への愛と自分が夫に対して持つ愛の深さと同等には応えて貰えぬことに対するアンヴィヴァレンツと悔しさとして描かれている為に極めて重要なサブスクリプトなのである。
     一方、洋次も無論、妻に死期を悟られまいと優しく介護し気も使って接してはいるが、妻が彼を愛する程のひたむきさは感じられない。その有様は転勤が決まった多田が転任前の最後の仕事として洋次の原稿を受け取りに来た時、死の直前の唯一の夫との近場への旅行を断念させられた直子が湯呑を落としたシーンで表現される。即ち洋次に零れた茶を乱暴な物言いで「拭け」と命じられ抵抗する姿に凝縮されている場面だ。彼が直子の深い愛を悟るのは彼女を失って初めてであるという事実の持つ痛ましさが描かれる終盤の男女の認識差の齎す越えようの無い距離が人間存在のギャップの深淵を覗かせて観客に応える。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    叙情豊かな感動作。
    物語は、残された時間が僅かな妻との日常を淡々と描いたもの。劇的な刺激は少ないが、人生の儚さをしみじみと紡いでおり、味わい深い。第40回岸田國士戯曲賞、第2回OMS戯曲賞特別賞を受賞した松田正隆氏の初期の名作。作者32歳の作品、夫婦のこんな情愛が書けるとは、何て早熟なのだろう。公演は、佐藤一也氏(パンドラの匣)の手堅い演出で繊細な心情、情景を描き出しており、観応えは十分。

    ただ、この夫婦(物語)、自分に置き換えてみた時、残された夫の観点に立つことも、もちろん妻の観点で観ることも出来なかった。第三者(客観)的な観方であったため、それほどの感情移入は出来なかった。何となく、逝く妻が衰弱(看護)していく過程があって、そのかけがいのない日々を観ることによって、当事者になっていない、もしくは不幸にして当事者になっている観客の感情が揺さぶられるのではないか、と思う。物語に、その機微に触れる場面がなく、自分の想像だけでは補うことが出来なかった、と言うのが本音。
    (上演時間1時間40分) 2021.11.3追記

    ネタバレBOX

    舞台セットは小さい空間の中にしっかり家屋を作り込む。上演前は中央奥に障子戸、座敷に丸卓袱台や茶箪笥、上手に寝間へ続く襖、客席側に縁側と樋がある。上演後は障子戸が開けられ上手が玄関に通じ、下手に珠暖簾を潜り台所へ通じる。
    また衣装は季節や状況に応じて着替え、生活感を表す。季節は夏終わりから晩秋、ラストは雪降る冬。半袖・作務衣からベストを着る。また女性は着物、時に絣着物で生活感を出す。状況としては運動会用のジャージや葬儀の喪服など丁寧に観せる。

    物語は佐伯夫妻の淡々とした日常を、周りの人々との関りを通してしっとりと描く。夫・佐伯洋次(高野力哉サン)、妻・直子(倉多七与サン)は、何かの理由で直子の両親に結婚を反対されていたようだが、それはラストになってから分かる。洋次は作家兼学校の講師をしていたが、今は解雇になって家でブラブラしている。家賃も滞納しているようで隣家で大家の瀬戸山夫妻ー夫・剛史(春延朋也サン)、妻・しげ(金子圭子サン)の好意に甘えている。或る日、病弱であった直子が倒れ、洋次は医師・柳本滋郎(中山夏樹サン)から直子の余命はあと3か月だと告げられる。
    ドラマ的にさざ波が立つのは、洋次が雑誌社の前任編集者・多田久子(かねさき麻衣サン)と深い仲であることを直子が知り、逝く妻の心中が穏やかではなくなる。直子がいつ知ったか気になるところ。洋次が現編集者・吉岡良一(今和泉克己サン)と庭で話している時か? 吉岡は洋次のことを「先生」と呼んでいるが、多田は「佐伯さん」と親しげだった様子。それとも うすうす勘づいていたのか。直子が寝間にいた時、洋次と吉岡の会話で知ったのであれば場面が前後しているようだ。寝間では会話が聞こえない。吉岡が帰った後で、布団を座敷に運び入れており、そこならば庭の会話は聞こえても不思議ではない。

    看護師の南田幸子(植松りかサン)が直子の外出許可を知らせにきた時、直子は幸子に向かって独身かと尋ね、そうだと答える彼女に向って、これからも宜しくと意味深に頼む。一方、多田が転勤の挨拶に来た時、すぐ帰ろうとする彼女を引き留め、お茶を出すが、自分の湯呑み茶碗を落としてしまう。溺れたお茶を拭けという洋次、半ば放心した直子に代わって洋次が拭くが、直子はその手を自分の膝へ押し付ける。その様子を見ていた多田は居た堪れなくなり帰る。その後、2人は雨上がりの庭に出て、直子が洋次の胸で「私のことを忘れないで」と…。親の反対を押し切ってまで結婚した夫への「愛」の言葉。しかし、その事情は後から知る。

    暗転後、遺骨を抱えて座敷に入ってくる洋次、出迎えるのは吉岡と瀬戸山夫妻のみ。ラストシーン・・洋次が卓袱台に座って食事を始めた時、雪がちらつく。「おい、雪が降ってきたぞ」と呟くが返事はない、そこで1人になったことに気づく。丸卓袱台を刳り抜くような照明の中に浮かぶ洋次、突っ伏して嗚咽する姿が涙を誘う。

    全編、方言での語り、地域の特徴をしっかり盛り込み身近な日常生活を現す。地域の運動会、年配者でも青年団や消防団の活動に駆り出される。その人集めの苦労を通して隣近所との付き合いに親しみを感じさせる。演出では下手の出捌けでも隣家である瀬戸山家と吉岡とでは微妙に異なる。照明は時間の経過を表す明暗による諧調、ラストのようにスポットライトでの強調など巧みに使い分ける。音楽は、劇中で倉多七与さんが「もみじ」を歌って聞かせる。劇中優しく流れるピアノの旋律が叙情的な効果をもたらす。ほんとうに丁寧な演出だ。
    欲を言えば、寝間で洋次と直子が話す場面は、舞台上誰もいなくなる。できれば夫婦で話す姿、寝巻姿の妻がシルエットで映れば看護・看取りの経過を表す事が出来たと思う。寝間は紗幕などで区切り見せることができたのでは…。
    次回公演も楽しみにしております。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    凄くドラマチックな出来事はないけれども、
    まさに、人生はドラマと思わせる舞台、良かったです
    全編、方言だったのも効果的でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    クライマックスは、感動して涙が止まらなかった。
    ありふれた、平凡な日常生活がこんなにも愛おしくかけがえのないものなのか教えてくれた、素晴らしいお芝居だった。
    自分に置き換えてみたら、さらに涙が溢れ出してきた。今まで平凡過ぎる日常を文句ばかり言っていた自分を本当に反省した。と同時に残りの日常を大切に生きよう、と強く思った。
    帰り道も、次々と涙が頬を伝い、いつまでも心に残る本当に感動作だった。
    最近こんなにも泣いた作品はなかった。貴重な作品だ。
    熱心なファンの人で超満席だった。これだけ良ければ、当然のことだよね、と納得!!!
    役者さん、素晴らしい熱演と感動、ありがとうございました。

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